日本エネルギー会議

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政府の方針と住民の意見

福島県内の避難指示区域が次々と解除されている。南相馬市小高区、富岡町の南部、浪江町東部などいずれも「居住制限区域」、「避難指示解除準備区域」が来年の春までに解除され、住民が戻れるようになる予定だ。ようするに、図のグリーンとイエローの部分が事故から6年ぶりに解除され、残るはビンクの部分、すなわち「帰還困難区域」が文字通り帰還困難として残されるわけだ。

「帰還困難区域」は年間に換算した放射線量が2011年度末で50ミリシーベルトを超えていた区域で、政府が立ち入りを原則禁止している。(現在、ほとんどの場所で線量は数分の1以下になっている)地域は7市町村にわたり、対象住民は約2万4千人、富岡町の北部で暮らしていた私もその一人だ。

帰還困難区域の中心部分には大熊町、双葉町にまたがる中間貯蔵施設が造られ、除染で出た放射性廃棄物が少なくとも30年間は置いたままになる。
では帰還困難区域の住民は今どうしているのだろう。住民の現在の居所はいわき市が一番多く、あとは中通りと呼ばれる東北新幹線沿いの都市にいる。少数ではあるが東京やその他各県にもいる。住民へのアンケート調査によればどの町でも、過半数が「帰還しない」と答え、その数はさらに増加している。実際、帰還困難区域の不動産賠償はどの区域より手厚かったため、避難先などでの不動産の確保は容易だった。事故前に借家やアパートにいた人は事故から5年経ったいまでも県から月6万円の家賃補助を支給されている。

避難を開始してから5年。いまだに見通しがつかないために、住民のほとんどは移住を決断し、いわき市などに家を確保し生活の基盤を移してしまった。避難先などに家を建てた人たちは、元住んでいた地域の除染が遅れてもそれほど困ることはない。それどころか農家で田畑を放射性廃棄物仮置きに貸している人はしっかり賃貸料も入ってくる。

もともと持ち家でなかった世帯も一人あたり1450万円の精神的損害賠償を支払ってもらい、新天地で持ち家を確保出来た例もある。一方、高齢者の一人者はいまだに仮設住宅や公営住宅に仮住まいを続けている。避難をしている限り、家賃や健康保険税や医療費の自己負担を免除され、他にもさまざまな恩典がある。帰還してこれらの恩典がなくなるのも怖い。わざわざ不便な所に戻らなくてもよいのではないかと考える者もいる。帰還するといっても、それは条件次第だ。このような状況から、解除されるのを待って家を修理し再び元の家で暮らそうと考えている人たちは高齢者の中でもむしろ少数派だと考えられる。

そんな中、政府は今年の夏に帰還困難区域の今後の方針について明らかにするとしている。政府は住民や元住民(住民票は移住先に移してしまっているが、今も区域内に不動産や生産設備を所有している人たち)の意見を聴かないまま方針を決めるようだ。国は首長や議会の意見は聴いたかもしれないが、住民は首長や議会からその内容を聞いていない。国が方針を決める前に住民の意見を聴くべきではないか。従来、ずっと帰還困難区域の扱いは後回しにされ、待たされてきた。それがいきなり方針を決めたと言われても、住民も不動産所有者も困惑する。

首長や議員の選挙は事故後もそれぞれの避難先から投票が行われてきたが、候補者と顔を合わせずに投票した人、棄権した人もいる。町の復興計画は住民代表も参画したが、その際も帰還困難区域についてはほとんど将来の問題として先送りされ、計画の時間軸も見えてこない。避難している世帯には月2回、町の広報誌、議会報告が送られてくるが、帰還困難区域がどうなるかは一切書かれていない。

国や町が行う住民や元住民に対する状況説明会は年に一、二回しか開かれない。そこでも従来、帰還困難区域について今後どうするかの話を聴いたことはない。選挙の際も抽象的な話が多く、帰還困難区域をどうしたいのかは語られなかった。国や自治体はとっくに移住してしまった元住民の意見を聴いてもしかたがないと考えているのかも知れないが、中間貯蔵施設の土地の買収や借り上げ契約が進んでおらず、帰還困難区域に大量の放射性廃棄物が積み上げられている現状を見ると、国は今ただちに帰還困難区域の解除の目標を打ち出すことは出来ないと思われる。

だが、国は少数派になってしまった「帰還組」の意見は聴かずに、通り一遍の除染とインフラ復旧の状況で東京オリンピック以前の日を解除予定日に決め、放射性廃
棄物の仮置きはそのままにして、解除後に再除染をするやり方を採る可能性もある。それでは帰還を真剣に考えている「帰還組」は到底納得がいかないだろう。

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