日本エネルギー会議

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富岡町の区域解除

楢葉町に続いて富岡町が来年の春に避難区域解除するようだ。全町ではないが、現在、避難指示解除準備区域と居住制限区域になっている部分で、町の面積や人口の三分の二にあたり、町役場やJR常磐線富岡駅、常磐自動車道富岡インターチェンジ、商店街や中規模の病院もある町の中心部が含まれる。

富岡町は双葉郡の中では浪江町とともに人口が大きく、昔から郡の中心的な存在だった。双葉郡を管轄する警察、消防、県の出先機関、県立高校、中堅スーパーなどもあり、東京電力福島第二原発もあったため、双葉郡内から多くの人が通勤、通学、買い物で日常的に訪れ、富岡駅には特急が停車した。富岡町の解除が周辺の町村に良い影響を与え復興に弾みをつけるのは間違いない。商業施設、病院、高校、雇用を富岡町に依存してきた川内村や楢葉町の住民にとってようやく元の状態になるということになる。

東京電力の廃炉本部がJビレッジから富岡町に移転、メガソーラー建設開始、イノベーションコースト構想の一環として国際的な廃炉研究施設が町役場のすぐ西側に建設されるなど復興の目玉が次々に現実のものとなるのが来年だ。町役場が富岡町の元の場所に戻ってくれば、今まで郡山の仮事務所で行っていた行政機関としての業務も議会活動も町内で行うことになる。当面、役場職員や町会議員はいわき市など周辺から通勤になるが、徐々に本人や家族が町内に戻ってくることが期待される。(単身赴任が多くなると予想される)

廃炉や復興の関係者も常磐線で富岡駅まで特急で来られるようになれば、タクシーやバスも使い、飲食も町内でするようになる。町の第二次復興計画では海岸に近い富岡駅西側の地区をかさ上げする防潮堤で津波から守りながら、そこに新たな町づくりを進めて新住民を増やすことを目指している。

元の住民は避難先に家を購入した人が多い。子供も避難先の学校に通い始めて既に5年が経過している。これらの人たちは富岡町が復興する姿を見ながら、いずれは富岡町に戻る気持ちになるかもしれない。避難先になじめずストレスを感じている住民が多いのも事実だ。親たちだけが帰還している富岡町に戻って老後の世話をしなくてはならないと考える世代もいるはずだ。雇用の面では、福島第二原発が再稼働に向かえば状況は大きく違ってくるだろう。

彼らの多くが富岡町に6年間空家にした家を所有している。(東京電力は不動産の賠償はしたが所有権は住民から取り上げていない)賠償金で避難先に確保した家を売却してまで、その金で富岡町の家の修理や新築をして戻るという判断をするか。町が魅力的な住環境と働く場をどの程度準備できるか、町としてもいよいよ生き残りをかけた正念場を迎えている。

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