日本エネルギー会議

  • 設立趣旨
  • お問合せ

巨大組織は何故大事故を起こすのか(5)

巨大組織の弱点は全体のリスク管理

巨大科学技術を扱う巨大組織は、次のような理由で全体のリスク管理に向いていない。
①組織が大きくなり細分化されると組織の一部あるいは個人は、全体がダメージを受けるリスク(例えば原発の過酷事故)の検討については、どこかの部門あるいは誰かがやっているはずだと考えるようになり、注意はもっぱら自らの責任範囲に絞り込まれる。与えられた業務課題に取り組むだけで精一杯になり、忙しくしていることで業務達成感を持つようになる。こうしてフリーな立場でリスクの問題を考える時間を持たなくなる。

②設計、建設、運転とフェイズが進むにつれて巨大システム全体を把握し、総合的にリスクを考える人、わかる人がいなくなる。電力会社だけでなく、メーカー内部でもその傾向がある。開発初期はそのようなリスクを気にしていたが、そのうちに意識しなくなる。かつて設計建設段階でそのようなリスクはしっかり検討されていたはずだということで、運転に入ると新たな環境変化や知見には目をつぶりがちになる。

③全体に係るリスクに気づいた組織の一部や個人も、その対処には自分の部門だけでは到底無理だと考えている。実施に伴い現在の業務にさまざまな支障が出ることから、自分たちの部門が困らないように実施に抵抗したり、先送りできないかと画策する勢力が現れる。そうした状況では、規制当局あるいは組織のトップからの指示がなければ対応は進まなくなる。

福島第一原発の事故の原因である古い設計の誤りや建設地点の標高の問題、電源の弱点、緊急時訓練の中身について問題があると気づいても、社内で声を上げる可能性はほとんどなかったと思われる。そのような問題を現場から拾い上げ、対策をするかどうかを決めるのは、事故対応をする現場ではなく、遠く離れた本店(電力会社は本社と言わず本店と言う場合が多い)の管理部門であった。では、本店の管理部門はどのような状況なのだろうか。

本店は一般的に現場より社外に対して視野が広く、また社内に対しても全社的な立場から考える傾向がある。経営首脳陣に近く権限も大きいのが普通だ。このことは全体のリスク管理としては望ましいが、別の側面もある。

本店は対策を実施することによる他電力への影響、規制当局への根回し、地元自治体や支持者に対してどのような説明をするか、マスコミ対策などを当然のこととして配慮する。今までやってきたこと、言ってきたことと今回の対策強化との整合性をどのように取るかに悩むことになる。なによりも内部に対してどうしても今やる必要があるという説明ができなくてはならない。長きにわたって放置してきたものを直ぐにやるということは事故事例でもないと出来ないものだ。よく他社の現場で事故を起こしたのを聞いて、「これで対策をやらせてもらえる」と密かに安堵の胸を撫で下ろすこともある。自ら非を認めて事を始めるのは大組織では困難なことだ。

「巨大組織では全体のリスク管理が困難である」ことを裏付ける動きが昨年秋にあった。日本の電力会社が共同で原発のリスク探索を専門的に行う機関を設立したのだ。福島第一原発の事故から3年半が経過した2014年10月、電力中央研究所の中に、「原子力リスク研究センター」を設立、人員規模は110名で、各電力会社からスタッフが集められ、所長には米国原子力規制委員会の元委員でマサチューセッツ工科大学名誉教授のジョージ・アポストラキス博士を迎えた。所長就任挨拶にセンターの目指すところが次のように書かれている。

この研究センターは、日本の原子力産業界が継続的に原子力施設のリスクを評価し管理していくことを支援していきます。これまで、原子力発電所をはじめとする原子力施設の安全性は、少数の定型化された設計基準事故を設定し、もし設計基準事故が発生したとしても公衆の健康と安全には害が無いように設計し運用するよう要求することで、原子力発電所をはじめとする原子力施設の安全性が確保できるものとされてきました。しかし、これまでの伝統的な安全に対する考え方とは対照的に、確率論的リスク評価は原子力施設を一つの統合されたシステムとして評価し、「どんな事象が起こり得るか」、「それはどの程度の頻度で起こるのか」、「それはどのような結果をもたらすか」という3つの基本的な問いかけを行います。それらの問いかけに答えることによって、設備の故障やヒューマンエラー、地震や洪水といった自然現象も含めた数千もの現実に起こり得る事故シナリオについて、その発生確率と事故の影響を想定することができます。

リスク評価結果は、リスクマネジメントにとって基本的なインプットになります。これにより、実際の事故による負の影響を、まずは起こり得ないと言ってよいレベルまで低減させるという活動を進める際に、資源の投入を最適化することができます。工学的手法と、悪条件における設備や人の振る舞いに関するモデル、これらの両方を開発し活用していくことが、このアプローチにおいて必要となることは明らかです。原子力施設において高いレベルの安全性を実現するため、これらの手法を原子力事業者及び原子力産業界に提供することが、このセンターのミッションとなります。

この研究センターがミッションを果たし評価結果を次々に出したとしても、それに各電力会社が素直に従わなければ意味はない。研究センターのある電力中央研究所は東京電力を始めとする電力会社がスポンサーの研究所であり、いわば配下の存在である。この研究センターの評価結果を活かせるか、研究センターのスタッフのやる気を維持することが出来るかどうかは、電力会社そのものにかかっている。研究センター所長は各電力会社トップと面談を重ねているようであるが、最重要なことは、この研究センターを設立せざるを得なかった組織上の理由を電力会社自身がしっかりと認識していることである。
(つづく)

  • データベース室
  • エネルギーとは?
  • 世界と日本のエネルギー
  • 原子力の論点
  • 放射線と健康