日本エネルギー会議

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巨大組織は何故大事故を起こすのか(7)

国策民営方式の与えた影響

国と電力会社の関係は国内の電力の安定供給、準国産エネルギーとしての原発開発という公益目的で共通しており、他産業に例を見ない密接な相互依存関係にある。戦後、国は石炭、鉄鋼の傾斜生産方式で急速な復興を図り、電力会社を支援するとともに国策会社である電源開発株式会社により水力発電を重点的に開発させた。その後火力発電が主となり、次いで原子力発電が登場するが、国は一貫して電力会社のために資源獲得のための外交努力、再処理に係るアメリカとの交渉、国内法の整備、研究開発予算の確保、建設資金の供給、用地の確保、三法交付金制度、国立大学での人材育成、原子炉メーカーの寡占状態の維持など全面的な支援を行った。

福島第一原発の事故以前は規制当局も国策としての原子力推進を掲げる経済産業省に属しており独立性が担保されていなかった。国が不況時に景気対策として電力会社に巨額な発注を促すことが行われており、電力会社はその点でも国の政策に協力する存在であった。一方、電力会社も経済産業省による電源開発計画や電気料金の認可、財政投融資などで国の保護を受けるなど、国と電力会社の特別な関係は戦後ずっと続けられてきた。

そこまで依存関係が強いと「国対民間企業」という監督する側、される側の力関係が変化する。国の指導力が弱まり電力会社が規制当局の指示しようとする内容に抵抗を見せたり、極端な場合は「役所を虜にする」ことも起こり得る。規制当局は原子力推進が目的の経済産業省のなかにあり、電力会社に対して厳しい規制を行えば省内で孤立した。もし、原子力開発計画が破綻すれば批判の矛先は経済産業省に来るため、電力になんとか計画の実施をしてもらわねばならず、電力会社の抵抗や要望に対して認めるしかない。不祥事のはしりとも言うべき昭和56年の日本原電敦賀原発の放射能漏れ事故(関係者の間では56敦賀問題で通っている、事故隠し、無届け改修工事などの違反が次々と明るみに出て事件に発展した)では、通産省が事件を収束するために「キリがないので、一応ここまでに」と遡る期間を限定した。そうしなければ国も監督指導責任で世論から批判を浴びかねないからである。

国策民営であることで、国と電力会社は組織としては一線を画している。電力会社は戦後松永安左衛門以来の官の介入を嫌う伝統を維持しており、法的には監督下にありながらも、経営方針、人事などに対する干渉をされないように細心の注意を払っていた。経済産業省からの天下りは受け入れ(しばしば金融機関や商社を迂回して)高額報酬を与えはしたが実権は与えなかった。政府出資で歴代社長が天下りだった電源開発ですら、プロパーの副社長が采配を揮っていた。もし、国営企業であれば経済産業省の意向が末端まで伝わり、絶えず本省の顔色を伺う配下の組織であったにちがいない。特権を持つ電力会社として国に経営を左右されまいとしたことで、本来の国と企業という組織間の直接的な緊張関係が緩んでしまった。私は東京電力の津波警告への対応を先送りするための画策が成功を収めたのはこうした背景があってと睨んでいる。事故前、規制当局は原子力安全保安院の院長の「寝た子を起こすな」発言に象徴されるように自らも運命共同体の一員として東京電力の引き伸ばし作戦を追認し、陰で協力する以外に選択肢は考えていなかった。

組織は生き物であり、生々流転、次第に当初のかたちや内容を変化させていく。その原因は環境への対応であったり、内部の熟成であったりする。電力業界でもその例に漏れず戦後の9電力体制スタート時から容貌、性質を変えていった。電力会社の場合、環境の変化は地域独占などでしっかりと防護壁が作られていたが、そのことが組織内の熟成を加速した感がある。

一番の変化は組織の目的が各ステークホルダーに均等に恩恵を与えるのではなく、組織内部の構成員や運命共同体への参加者に最も多くの恩恵を与えることになっていったことである。本来、手段である組織構成員や関係者の安泰が、電力の安定供給に代わって一番の目的になり、自らの既得権益を護ることに汲々とすることで組織の感受性を失わせ、経営判断に大きな影響を与えたことは間違いない。その結果、重要なステークホルダーである地元住民や株主が原発事故によって大きな被害を被り、大需要家も一般の消費者も停電のリスクと電力価格の高騰に晒されることになったのである。次回はそのことについて。
(つづく)

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