日本エネルギー会議

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情報開示の罠(5)

原発に関係する情報開示の問題を追っていた経済誌ベテラン記者の望月は、元電力会社の広報担当の織田から発信側から見たマスコミ、地元自治体、所管官庁など受信側のビヘイビアについて聞き出そうとしていた。望月は日米で原発事故トラブルの扱いについて規制側に差があることが情報開示のタイミングに影響しているかを知りたがった。

実はその話は織田も説明しておきたかった点だった。
「事故トラブルの際に原因は不明、現在調査中で押し通せればよいのですが、それであると電力会社の技術力に問題があるのではとの疑念を持たれます。原発は危い物を取り扱っているとの意識がありますから、余計に記者たちにそう思われたくないという心理が働きます。影響だけでなく、原因もちゃんとわかっていますよ、だからもう心配はいりませんと言いたいわけです」

「それは役所についても言えるのでしょうね」と望月が促した。

「もちろんです。ですから役所も電力会社に対して、原因だけでなく対策もセットで発表することを望みます。それが出なければ再稼働手続きには進めないよという無言の圧力が電力会社にかかります。一般的に事故やトラブルの場合、安全上の重要度によって取り扱いが違ってくるのが普通ですが、原発の場合はそれが適切に扱われているとは思われません。単に部品が損耗して取り替えなくてはいけないトラブルであっても原子炉を停止して行うとなると単なる部品取り替えとは見られません。アメリカでは部品を取り替えて直ちに運転再開です。役所も原因などのくわしい説明は後日聞くという態度です。日本の業界団体で同じようなトラブルで日米比較をしたら運転再開まで何倍もの日数になったようです。日本の役所がそのようなことをすれば、こんどは役所が何故運転再開してもよいかを説明しなくてはならなくなるのでそれは避けたいのです。

今までになかった事故やトラブルではどのようにしてそうなったかの経過説明も求められます。いわゆる再現実験を行えと役所から言われるのです。電力会社は急いでメーカーに指示を出して再現実験を工場などでやるのですが、それにはモックアップ装置を制作するなど相当の時間がかかります。これと思った原因に焦点を当てて再現実験をするのですが、なかなかうまく再現することが出来ないと役所が説得できず、停止期間がいたずらに伸びて現場は焦ります。金属疲労や腐食の問題になると、役所の委員会のメンバーになっている大学の専門の先生方にも説明が必要になる場合があります。役所は権威ある先生方を対外的な後ろ盾として使うのです。事故対応に当たる電力会社の技術陣は役所、自治体、先生方、メーカーの間を飛び回ります。情報開示までには裏舞台で大変な労力が払われているのです。ヒューマンエラーや情報伝達に問題のある場合もやっかいなことになります。これといって決め手も無く、マニュアルの見直しや教育訓練といったあまり説得力のない対策になってしまうからです」

料理は揚げ物が出てきた。鰆、舞茸、青唐辛子を揚げたものにレモンをかけ、塩をつけて食べる。揚げ物を口にするとご飯が食べたくなる。
仲居が「この後は、しらすご飯になります」と言って空いた器を下げた。ワインのボトルはほとんど空になっている。

望月はそれぞれが立場や都合があるので、それらを調整するのは大変な仕事で、もしかすると事故トラブルのハードの対処より大変なのかもしれない、それも技術系の社員がやるとなると慣れるまでは時間がかかる。焦るのはマスコミも同じだ。望月は情報の受け手側の事情について織田に冷酒を勧めながら話を始めた。

「マスコミの方も立場や都合があると思いますよ。新聞は締切があるし、テレビだって夜のニュースショーにはなるべく見映えのする情報や画を入れたいものですから。本来は、重大な事故につながるようなトラブルかどうかを見極められる力が情報を受ける側にあればよいのですが、そこはマスコミも専門家に頼る以外にはありません。時々、海外でも同じような事故やトラブルがあったとの報道がありますが、あれはよく調べたと評価出来るケースですね。同じミスが何回も繰り返されるようであれば、以前の対策が徹底していない、組織の体質改善が進まないという書き方になります。

都合という点では、これといったニュースがない場合は大きく扱うし、他に大きなニュースがあれば小さくなるということはあります。大きなニュースにぶつけて企業側がプレス発表の日を決めたのではないかと疑いをもつ場合もたまにあります。他のニュースのために扱う大きさが変わるというのは、本当はまずいと思います。読者は見出しの大きさや記事の分量で事の重大さを判断するからです。次の日にフォローするか、特集を組むとかするべきでしょう。」

織田はワインでかなり出来上がった様子で、注がれた冷酒には口をつけず望月の話をじっと聞いている。確かに他に大きな事件が起きるとマスコミの注目度もそちらに行くので助かる面はある。それとは逆に、他の世界では何も起こらないまま、その件に関して次々と新たな事実が判明していく場合が情報の発信側としては一番辛いと思いながらである。

望月は話の途中で、釜揚げしらすご飯の蓋をあけ、赤出汁をすすった。
「情報を出す側、受ける側の能力の差があるのは仕方のないことですね。ですから発信側は相手の理解を助けるような開示の仕方が望ましいと思います。これは隠したと言われないようになんでも出すということとは違うものです」

織田もそれに頷きながら、自説を開陳した。
「受信側は情報の価値、意味をきちんと評価しそれに見合った伝え方をすることが必要です。発信側は窮するといろいろなことをやりがちで、極端な例は隠したりする。それは後に大打撃となるリスクがあるがつい誘惑に負けてしまう。受信側がなんでもよく知っているということは、発信側にいい加減な説明は出来ないという緊張感を与えます。発信側から見てなるほど良いところをついてくるといった質問なり、的確な分析や指摘に基づく記事は一般の人々の正しい理解に大いに役にたつものだと思います。事故によって発生する実害はほとんどどころかまったくといっても差し支えない場合でもそのことは書かない。それを書くと記事のアッピール度が失われると考えるのかも知れませんが、それは一般の人々に対してある意味情報を隠したと同じではないでしょうか。今回は人にも環境にも影響はなかったが、もし条件が悪ければとんでもないことになるというような書き方が望まれます。」

しらすご飯を食べ終わり、熱い日本茶を飲むとお腹がいっぱいになったが、水菓子として出てきた初物の西瓜と苺のブリュレを食べると少し落ち着いた。店を出ると、ポツポツと雨が降り始めた。望月は「織田さんはいつものビジネスホテルにお泊りですか」とたずねた。

「ええ、そこの駅の裏側ですから歩けます。今日はここで失礼します」と織田は言って手を振ると駅前の人ごみに入って行った。
女将が傘をお持ちくださいというのを望月は大丈夫だからと断った。「ではまた、お待ちしております」との声に送られ望月は歩き始めたが、織田と話した情報開示の発信側と受信側への課題が頭のなかでぐるぐると回転しはじめ、せっかくの心地よい酔いをなんとか醒まそうとしている自分がおかしかった。

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