日本エネルギー会議

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危険な常磐道

先日一時帰宅した際に全線開通した常盤自動車道を走ってみた。それほど混み合ってはいなかったが、いわきインターチェンジから北は片側一車線。一台でも遅い車がいれば、全体がそのペースで走らなくてはならない。追い越し車線はたまにしかなくその区間も短い。

この高速道路の特徴は避難区域の中でも最も規制が厳しい「帰還困難区域」の中を通ることだ。富岡インターチェンジを過ぎるとすぐに「帰還困難区域」に入る。次の浪江インターチェンジまではサービスエリアもパーキングエリアもなく通過するだけ。トイレは「ならはパーキングエリア」から「南相馬鹿島サービスエリア」まで50キロもないので要注意だ。楢葉から浪江にかけて9箇所の放射線モニターが設置されてリアルタイムで線量をデジタル表示している。大熊町を通過するところで最高値が毎時5.7μSV。他はずっと低く毎時1~3μSV程度だった。意外にも居住制限区域の楢葉町で毎時4μSVを超す表示が出た。

先日の開通式典で安倍晋三首相は「全線開通は福島の復興のシンボル」と、自らが早期開通を指示したことをアッピールしたが、歴史を紐解けば常磐自動車道は1966年に計画が決定。千葉県柏から建設が始まり、1988年ようやく福島県の南端であるいわき市まで開通した。その後、仙台市まで延伸することが決まったが工事は遅々として進まず、福島第一原発の事故もあって停止。このほどようやく300キロ全線が開通したが、完工までなんと50年もかかった。

原発や火力発電所が立ち並んで首都圏への大電源地帯ではあったが、その完成は他の電源立地地域と比較してあまりにも遅い。福井県敦賀市は今日、高速道路はもちろん新幹線まで見通しがたっており、福島県民はおとなしいから何も要求しないできたと悔しがる県民もいる。全線開通によって福島県では物流や人の往来が増えるとともに、汚染土の中間貯蔵施設への搬入路に使うことで一般道の混雑緩和にもなると期待している。
高速道路といっても、いわきから北は仙台の名取までは片側一車線。下の双葉町付近の写真のように中央分離帯はなく、プラスチック製のポールがセンターライン上に並んでいるだけ。

実際に走ってみると、車が80~100キロぐらいのスピードで行き違うので、対向車が万一反対車線に飛び込んできたらまちがいなく正面衝突になる。また、橋の上などでは道路から側壁までが近く、ハンドル操作を誤って側壁にぶつかれば、その反動で反対車線に飛び出す可能性がある。実際、いわきインターチェンジ以北が開通した直後に母と娘が乗った軽乗用車が反対車線に飛び出して死亡事故が発生した。先月末にも深夜に県外のトラックと乗用車が正面衝突する死亡事故があった。

二車線になるのはインターチェンジ付近(上の写真の浪江インターチェンジ参照)だけで、そこで無理な追い越しをする車が多い。海岸に近い山際を走るので風が強く、ハンドルを持つ手に力が入る。道路照明灯がほぼ皆無であり、道路周囲に建造物がほとんど無いこともあって夜間は暗闇の中を走行することになる。いわきインターチェンジを出たあと広野インターインターチェンジまでは、トンネルや高低差もあって非常に走りづらい。被ばくについて心配はないが衝突事故の危険という点では、いままで走ったことのある高速道路でも一番といってもよいくらいに怖い道路だ。安全な道路となるよう出来るだけ早く片側2車線にする必要がある。

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