日本エネルギー会議

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被災パトカーの保存

12月17日付の地方紙や全国紙のローカル版に「被災パトカーを富岡町が保存」という小さな記事が掲載された。東日本大震災で2名の警察官がパトカーで避難誘導をしていた最中に津波で殉職、2名の警察官のうち、1名はいまだ行方不明だ。先ごろ県警が見つかったパトカーの処分を決めたことに対して町民有志がその保存を双葉署と富岡町に求めていた。宮本町長は前日の町議会で、このパトカーを双葉署隣りの児童公園に保存すると表明したということだ。
これ以外にも保存すべきとの声があるのが、常磐線で最も海に近かったJR富岡駅だ。富岡町では現在、東日本大震災や原発事故による避難の様子を写した写真などの記録の提供を町民に呼びかけている。

原発事故に関しては、すさまじい水素爆発で鉄骨がアメのように曲がり屋根が吹き飛んだ原子炉建屋の姿があったが、1号機は白いカバーに覆われ、他の号機も瓦礫の片付けがほぼ終了している。このまま廃炉作業が進めば、作業用の架台が造られカバーに覆われ、その中で解体が行われるため、事故直後の姿は見ることが出来ない。事故の際の避難体験についても「手記」や「語り部」などがあるが、あの混乱をうまく伝えるのは極めて難しい。

中部電力の浜岡原発には「失敗に学ぶ回廊」という展示室があり、浜岡原発の過去の事故すべてを写真等で図解し解説展示している。新聞記事や壊れた配管の実物の模型も並べられ、それを社員教育に使っている。現役の頃、社員教育を担当した際に浜岡原発を訪問し、水素爆発で花びらのように吹き飛んだ配管(それはせいぜい直径10センチ程度で、福島第一原発の事故の水素爆発を想像することは私自身、到底出来なかったが)を見せてもらったことがある。

歴史上数少ない原発のメルトダウン事故に関して、何らかの実物資料を保存することは、国内外の原子力関係者の教育に役立つことであり、世の科学者や技術者は言うに及ばず、事故後に生まれた世代の人々のために必要なことだ。これに関して国や当の東京電力はどう考えているのだろう。

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