日本エネルギー会議

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マジックハンド

先頃、BS1スペシャル 「核の“平和利用” 知られざるもうひとつの東西冷戦」を視聴した。今から60年前、アイゼンハワー大統領の国連演説「アトムズフォーピース」に始まり、当時、原子力の平和利用でアメリカが自由主義世界からの尊敬と米国外交の支持を獲得するために行われた外交政策がどのように展開されたかを伝える内容だった。

アメリカは、ソビエト・中国を取り巻く諸国に原子力平和利用を勧め、研究用の原子炉まで寄贈した。日本でも、東京をはじめとし広島市を含めて全国の主要都市において「原子力平和利用展」が開催され、大勢の人々が詰め掛けた。大衆の人気を一番集めたのは高線量の物質を鉛ガラス越に扱うためのマジックハンドで、そのオペレーターには若い女性が起用された。

今回のテレビ番組では、当時の宣伝担当官がインタビューに答えて、若い女性を起用した理由について「これは旅客機のアテンダントが若い女性だと乗客が不安感を持たないのと同じことで、原子力に対して不安感を持たせないように、それを利用した」と語っている。

それを聞いて、なるほどアメリカらしい。その当時からそのような計算がされていたのかと感心したと同時に、かつて勤務した原発でも、附属のPR館の説明はコンパニオンと呼んでいた若い女性がもっぱらやっていたことを思い出した。彼女たちの笑顔と親切は地元の年配の人々や子供に特に好まれた。最初のうちは、原発が万一事故を起こしそうになった場合、安全装置が働き「止める、冷やす、閉じ込める」の五重の壁が放射能を原子炉建屋の外に出さないように守りますと説明をしていたが、次第に凝った展示品のスイッチを押すことが多くなっていた。見学者が帰る際には、玄関先に一列に並んでバスが見えなくなるまで手を振り続けるのは温泉旅館と同じだった。

見学者の中には、やや難しい質問や厳しい質問をする人もいたが、その際は、管理職の男性職員が引き取って説明をしていた。ほとんどの見学者は立派なパンフレット、礼儀正しい対応、丁寧な言葉遣いでそれほど時間をとらない説明、立派なホールとすわり心地の良い椅子、湯茶のサービス、心地よい時間を過ごし、気の利いた見学記念品をもらって満足感を味わいつつ再びバスに乗って帰って行った。

どれも皆で知恵をしぼり、努力した結果だったが、今となれば、あれでよかったのかと思わないこともない。 

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