日本エネルギー会議

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原子力の価値について考える

原子力の価値について考えてみたい。価値があるかないかは、有用性と希少性で決まる。原子力を発電に使用した場合、原子炉で核燃料を燃やすことで莫大なエネルギーが得られる割には場所はとらず、燃料の輸送保管も容易で、ほとんどの場合、安定的かつ安価な電気となって人々に有用なものとなっている。また、運転中に二酸化炭素を出さない電源としての希少性がある。

一方、有用性を発揮するための条件としては、外部に放射能を撒き散らすような事故を起こさないこと、作業員を過剰被曝させないこと、放射性廃棄物をきちんと管理すること、テロに強いこと、使用済燃料を核兵器転用などしないことがある。

あらゆるものの価値は、世の中において絶対的ではなく、相対的な面を持っている。水は砂漠では貴重であり高い価値を持っているが、川や井戸の傍では低い価値しか持たない。昔、ウラン鉱石はなんら有用性がなかったが、原子爆弾や原子炉が造られるようになると、極めて有用なものとなった。今流行りのレア・アースなども同様だ。価値とは、人がそれを欲しがる場合にのみ、また有用性を発揮できる場合のみ、認められるのであり、そうでなければ「宝のもちぐされ」となる。

世界各地で紛争が起き、テロリストが暗躍するようなところでは原子力はターゲットになりやすいため、その有用性には疑問符がつく。アメリカでシェール革命が起きて、安いガスが出回ると相対的に原子力の価値は下がる。中国のような二酸化炭素排出国では、対策を講ずるうえでの原子力発電の価値は高い。しかし、石炭火力のCCSがうまくいけば、二酸化炭素対策に原子力がどうしても必要であるとはならないであろう。人々が原子力を怖がってしまい、受け入れないのであれば原子力の価値は無いに等しい。日本のようなエネルギー自給率が低い国では、紛争などで化石燃料が手に入りにくい状況になれば、原子力の価値は一気に高まる。

このように原子力の価値は、その国の環境、条件によって変わるはずだ。また、時期や時代によっても変わるはずである。今は再生可能エネルギーがもてはやされているが、これには限界があるということになれば、再び原子力が脚光を浴びる可能性がある。
一旦、価値があると考えると、あるいは価値がないと考えると人々は、それにずっととらわれてしまう習性がある。このあたりを柔軟性を持って処していかなければ、選択を誤る恐れがある。そのためには、世界情勢、技術開発状況に関する情報を正確に入手し、人々の価値観の変化などをよく観察する必要がある。

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