日本エネルギー会議

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町政懇談会の様子

昨日、久しぶりに富岡町の町政懇談会が開かれた。町民は福島県内外にばらばらに避難しているため各地で開催される。町長はじめ町の執行部は移動しながら何回も同じことを説明せねばならないが、こうした状況ではやむをえない。 

今回、私は郡山市や周辺の市町村に避難している町民が「ビッグパレットふくしま」で行われた会に参加した。この施設は三年半前に富岡町民が避難した場所だ。内部はすっかり綺麗になって本来の見本市会場の姿を取り戻している。 

一番大きな部屋にパイプ椅子を並べ、参加者は300名以上。夫婦で参加している人も多かった。当日は午前午後それぞれ開催されるので郡山地区だけで、都合数百人の参加者となるようだ。(富岡町の人口は1万5千人、世帯数は5千)宮本町長以下執行部が町民に向かって座るが、こうした形であるとどうしても町民と町執行部が対立的になるが、いたしかたないだろう。国や東電が説明などに来ると、もっと対立的な雰囲気になる。

避難してから、すでに何回もこうした町民対話をしているので、町民も執行部も運営に関してはもめることは少ない。入り口で説明資料が各自に渡される。A4版で36ページ、カラー刷。懇談会出席証明書も添付されている。これは遠くから来た町民が交通費や宿泊費を東電に請求するときのためのものだ。

二時間の懇談会の前半は町役場からの資料に沿った説明。これが33項目もある。復興計画づくり、復興住宅募集の現状、特定廃棄物処分場問題、除染の進め方、損害賠償など。説明は淡々と進み、後半は質疑になり、いつもどおり次々と手が挙がる。来場した町民は、質問がしたい人、意見を言いたい人、町民と執行部がどんなやりとりがあるのか聞いておきたい人だ。

強い調子の発言があったのが、特定廃棄物処分場(中間貯蔵施設に行く廃棄物より放射能が弱いもの)について町議会議員の一人の発言に対する批判だ。その議員は「栃木県の特定廃棄物は塩谷町ではなく、富岡町に計画されている処分場に持っていけばよい」と発言し、それをテレビで放映されたのである。特定廃棄物処分場は環境省から先般、富岡町に建設したいとの申し入れがあったが、多くの町民が「なぜ、避難解除準備区域という比較的帰還しやすい場所に処分場など造るのか」と反発しているもので、この議員の発言を町長はどう思うのか、水面下でそんな話があるのかという質問だ。これに対して町長は「そんなことはまったく考えてもいない」と大きな声で強く否定した。

ようやく始まった除染に関しては、仮置き場の所有者の了解だけで、付近の住民への説明もなく作業を始める国環境省のやり方に対して「粉塵などがこれから帰ろうとする家の方に飛んでくる」と批判の声があがった。また、家の裏山の除染をしてもらいたいが、宅地から20メートルまでの除染にこだわって融通が利かないとの苦情も出た。

このほか、防犯措置が後手にまわっている、高速道路の無料措置期間の延長を希望する、復興公営住宅の希望アンケートをとっておきながら、希望どおりの入居が出来ない、不動産の賠償において追加措置が出たので、家を購入する時期で不公平になる、県外避難者にも県内と同じような支援措置をとるよう働きかけてほしい、1Fの廃炉工程が遅れ気味で帰還時期に影響しないか、個人線量計配布は線量を低く見せるための策ではないかとの反発などの発言があった。 

町は平成29年度に一斉帰還、一律賠償の方針を掲げて、町民の分断を防ごうとしているが、国や原子力損害賠償審査会はいまのところ反応なしだ。区域が三つに分かれ、それぞれ家庭の事情を抱えている町民がすべて満足するようにするのは至難の業だ。事故前は町の執行部と町民は各地区の行政区長が間に入って情報を流し、意見をまとめてきた。事故後は、区の構成員がばらばらになったため、町政懇談会のように執行部と町民がダイレクトにやりとりをするようになった。これは直接民主主義のようなもので、執行部と町民ひとりひとりがこれほど密接に対話したことは始めてである。

参加者の意見や質問を聞いていると、町政懇談会に出席している町民は、どちらかといえば区域解除後に帰還意思の強い人たちのようであり、既に県内外に移住を決めた人はあまり出席していないのではないかと思えた。町政懇談会への案内状は、既に富岡町から住民票を他の自治体に移した人にも郵送されているが、町は会場の入り口でなんらチェックをしていないので、実際に誰が来ていたかは把握出来ていない。いつものように予定時間をオーバーし、終了したのは12時半だった。

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