日本エネルギー会議

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現場の使命

大手牛丼チェーン、「吉野家」で22年にわたって経営を率いてきた安部修仁社長が今年の夏に社長を退任した。かつてBSEによるアメリカ産牛肉の輸入禁止の影響で、牛丼の販売休止に追い込まれたとき、「安全はいくらでも出来る自信があるが、安心と言われればそれは難しい」と言う名言を放ったことで印象深い。

今の世の中、大臣も首長も大企業の社長もマスコミも「安全安心」と口癖になっているが、原子力規制委員長が言うように100パーセントでないのが安全であるし、まして安心などは念仏に過ぎない。「人は間違え、設備は故障する」と日本原子力研究開発機構の幹部が言ったが本当だ。どんなに人間が努力しても運が悪ければ事故になる。特に地震、火山の爆発などの自然現象は、どうにもならないことだ。 

しかし、人は生きていくのをやめるわけにはいかない。地球の歴史を見ても、大氷河期などが来て、生物はほとんどが絶滅をしてしまい、かろうじて運のよかった種が生き延びる、そのあと突然の進化を遂げている。いつも絶滅を覚悟して生きていかなくてはならず、人類はそうした危ない橋をどうにかわたって現在まで続いて来ている。

福島第一原発の場合、15メートルの津波に耐えるように防潮堤を建設することは、事故前に計画策定と予算計上、上層部説得、確実な根拠探しは現実的に無理だったようだ。だが、現場の人であれば、大津波が来れば6基の原発はどのようになるかを想像することは出来た。その場合、発電所内にある人材と資材を使って「止める、冷やす、閉じ込める」をするために、どのようなことが可能かを検討することも出来たはずだ。その結果はどのように扱われるかはわからないにしても、その検討を端からやっていなかったとしたら、やはり現場も責任を全うしたとはいえないのではないか。

そもそも万全な対策などないし、安全対策の切り札などない。いろいろな安全対策は、どちらかといえば、この方がまだましだという程度のものが多い。私が言いたいのは、「そんなことはめったに起こらないし、もし起きたとしたら、どうにもならないので、考えるのは無駄だ」という考えがダメだということだ。天命はどうにもならないが、人事を尽くしてないと悔いが残る。

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