日本エネルギー会議

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目に見える放射線

目に見える放射線といっても、東芝などが開発した放射線の可視化センサーの話ではない。福島第一原発の事故後、福島県では日常、放射線の存在が目に見えるようになった。

福島県内で除染中の地域に行けば休耕田や道路に沿って果てしなく並べられている除染で出た汚染土壌を詰めた黒いフレコンバッグ(大型土嚢)がいやでも目に付く。公民館や児童館、公園や役場の前にはソーラーパネル付きのデジタル表示の空間線量計があって、絶えずその場の線量をデジタルで表示している。 

テレビや新聞はこの三年間、毎日各地の放射線量を伝え続けている。ローカルニュースでは必ず第一原発の作業のトラブル、中間貯蔵に関する動き、除染の進み具合、風評被害払拭活動などが報じられる。季節ごとの野菜や果物の話題にも必ず放射線の話がついてくる。スーバーの野菜売り場に行けば、汚染検査済みのラベルが貼ってある。福島においては、人々は日常、放射線の飛び交う中で生活していることを実感するようになっている。

放射線に慣れてくるにしたがって、人々は数値についても一応の目安を持つようになっている。人々の反応は0.1マイクロシーベルト/時だと「低いな」。0.5で「少し高い」、1.0付近では「随分高いじゃないか」だ。例の0.23が判断に影響している。

気にはしているが、特別に危険だとか、身体に影響しているとは思っていない人がほとんどだ。だからといって除染しなくてもよいのではなく、一通り除染はしてもらいたいと思っている。

線量表示や除染作業、除染で出た土壌などを見ることによって、人々は放射線の存在を知ることになっている。それは目に見えない放射線の存在を知る唯一の方法なのだが、新たな心理的負担を与えていることも間違いない。川内村の住民が避難解除になっても帰らない理由を聞かれて、「除染が終わったことは知っている。でも、家の周囲にあんな黒い袋を積まれて、落ち着いて暮らせるとは思わない」と答えていた。放射線は目に見えないから気持ち悪いと言っていたが、目に見えるようになってもやはり気持ちが悪いものなのだ。

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