日本エネルギー会議

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極論に走りがちな人たち(その一)

「なぜ日本人は原発が嫌いなのか」を書いてお送りしたところ、「日本人は極論に走りがちなのが原因の一つではないか」とのご意見が寄せられた。私もそうだと思い、なぜ両極端の意見に集まるのかを考えてみた。

原発に限らず、選択肢のある問題に対して日本人ならではの行動と思われることが多い。メディアはしばしば両極端の意見を伝える。本屋に行って本の背表紙のタイトルを見れば、両極端の意見のオンパレードだ。最近の話題になった漫画「美味しんぼ」のように、福島第一原発の事故が原因で住民が鼻血を出したという内容なら売れること間違いない。この現象は、日本人の「極論好き」な性格を映し出していると同時に、メディアの商業主義がこれに加担していることを示している。

日本には進歩的な人に対する憧れのようなものが存在する。聖徳太子や織田信長まで遡らなくとも、坂本龍馬や福沢諭吉を好きな人は多い。外界から触発され、改革を唱える人たちは、古いしきたりを捨ててジャンプする。進歩人は人の先を行って理想を示してこそ進歩的なのだ。

彼らに憧れそれに続く人々は、イデオロギー的である。先達のようにこの目で確かめた事実や冷静な分析はなく、手段が目的化して生きがいとなってしまう傾向がある。結論ありきで、結論に合わせた証拠集めと論理構成を試みる。妨害する人たちに対しては、無知であると決め付けるか、行く手を阻む障害物と考える。

幕末の開国で日本人が西欧文明から受けたショックは大きく、その後も長く影響した。リーダーたちは、国の大事な方針を無知な民衆の選択に預けるのは危険と考え、本当の意味での民主主義が根付くのを待てず、政敵を叩くとともに民衆を正しい方向に誘導するために、極論を唱えるのも仕方がないとした。

戦後、原子力を推進してきた人々も、自らを進歩的であると思い、また国民を啓蒙しなくてはならないと考えてきた。一方、原子力開発に反対をしてきた人たちも自らを進歩的であると思い、抵抗活動を続けてきた。片方が頑張れば、もう一方もバランスを取るために、本当はそこまではと思っても相手を打ちのめすために極論を言うようになり、後戻り出来なくなっていった。

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