日本エネルギー会議

  • 設立趣旨
  • お問合せ

なぜ日本人は原子力が嫌いなのか

小泉元総理が「日本人は、歌舞伎は好きだが原子力は嫌いだ」と言った。なぜ日本人は原子力が嫌いなのだろうか。そもそも、原子力や原発を好き嫌いの対象にすること自体おかしいのだが、そのようなものを好き嫌いの対象にしたところが日本人らしく、反対派の戦略はそこを突いてきた。

従来、ヒロシマ・ナガサキの原爆の経験が、国民の原子力アレルギーの元になっていると言われ続けてきた。しかし、エネルギー資源に恵まれず、そのために戦争をしてしまったということもあり、戦後まもなく欧米以外で最も早く原発を建設したのは日本であった。日本にとっては原爆の惨禍はあったが、あえて原子力を平和に利用するべきとの主張が、メディアも後押ししたこともあって、当時多くの国民の支持を得た事実を考えると、原爆の影響は限定的だと思うし、戦争経験のない世代ではなおさらである。

原子力嫌いの原因を作っているのは次の三つのことがらだ。その一つ目が、神道などの影響が強い日本人の伝統的な自然観だ。これによれば、原発は自然にはない放射性廃棄物というやっかいな人工物を発生させ、子々孫々までそれを残してしまう。福島県三春町のラジウム温泉の内部には、「自然の放射線は身体に良いが、人工の放射線は害がある」と貼り紙がしてある。

福島第一原発の爆発は原子力事故が起きればどうなるかを具体的に示した。日本人の潔癖性、清潔主義からすれば、事故の確率がどうであれ、国土が穢されるようなことをやるべきではない。汚染しないように防護服を着たり、除染作業したりすることも好まない。田畑や海洋を汚染させたことなど、許しがたいことなのだ。

二つ目に、日本人は「判官びいき」や「悪代官」という言葉があるほど、強大な権力によって抑圧され、抹殺された者に対する同情とそれを行った権力に対する嫌悪感が強いことだ。近代においても、時の権力が強引に進めた結果による犠牲、例えば先の大東亜戦争による死者や高度経済成長による公害の被害に対して、国民は強大な権力を持ち暴走した組織に対し、嫌悪感や不信感を持つに至った。

原発は、民意というよりは政治家、霞ヶ関、電力会社、原子炉メーカー、学者などからなる原子力村によって、安全神話の下に強引に推進したものであり、彼らのために最終的には国民が被害に泣き、費用負担をしなくてはならなくなったとの認識が、いま多くの国民にある。「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ではないが、原子力村(坊主)に対する怨嗟が原子力(袈裟)に対する嫌悪感を引き出している。

現在、電源としてベストミックスどころか輸入物の化石燃料に全面的に依存するという異常事態にもかかわらず、アンケートによれば、国民の半数以上が原発再稼働に反対している。峠を越えた日本の将来を見たとき、誰もが何かを変えなければこの先の展望が見えず、国が凋落していくしかないとの思いを持っており、従来路線踏襲に対する否定的雰囲気が人々の間に満ちていて、人々の感覚を鈍らせている。三つ目として、この雰囲気をあげたい。
 民主党政権を誕生させたのもこの雰囲気であるが、自民党政権復活後もエネルギー政策に対しては、再生可能エネルギーなどへの過度の期待を産みだすことになっている。満たされない気持ちを希望に置き換えたいと人々は思い続けている。現状を自分たちの意思で変えることが、民主国家の日本では出来ると信じたい人はたくさんいる。「脱原発」は、その格好のターゲットとなっている。

  • データベース室
  • エネルギーとは?
  • 世界と日本のエネルギー
  • 原子力の論点
  • 放射線と健康