日本エネルギー会議

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福島県民から見た原子力安全

過酷事故を経験した福島県民から見た原子力安全とはどのようなものだろうか。
県民にとって事故前までの原発は、浜通り地方の海に面して建設され、遠くから煙突だけが頭を出しているが、広大な敷地はフェンスで囲われ、入口は厳重な警備が行われているところであった。浜通り地方においては、数千人の住民やその家族や知り合いが働きに行っている職場でもあった。二百万人近くいる県民の多くは、今回の事故で初めて福島第一原発の実態を知ったのである。

県民の中には見学会に参加して構内や建屋の中に入った人もいるが、聞かさせた説明は設備的なものであり、建物や原子炉は地震に耐えるように頑丈に作られており、万一の時は自動的に装置が働いて「止める」「冷やす」「閉じ込める」で外部には影響しないというものであった。使用済核燃料もプールの中に入っていて強い放射線は水によって遮られ、プールの傍に立っていても大丈夫だということだった。

防災訓練も念の為に毎年きちんと行われているということであり、原発から続いている送電線は東京に電気を送るためのものであった。原発構内には中央官庁から派遣された役人が常駐しており、万一に備えてオフサイトセンターが大熊町の中心部に建設されていた。何かあったときはここが中心となって対応が行われると聞かされていた。

事故後に県民が知ったことは、説明では聞いたのとはと違う原子炉の状況や恐ろしい水素爆発であり、溶融の恐れある大量の使用済燃料の存在、それに役に立たなかった防災訓練であった。送電線は電気を送るためだけでなく、事故時には電気を受け取る大事な命綱であり、役人は必要な時にいなくなる「風呂の蓋」のような存在であり、オフサイトセンターは対応の中心となるどころか無人の空間になることだ。

防災訓練でやっていたことは半日で終わる芝居に過ぎず、事故が起きても立地町の隣の自治体にはバスどころか情報すら来ない。対応に当たった原発のスタッフや協力企業の作業員は、高線量下で長期の不眠不休、死の淵を見る状況にさらされるということだった。

福島県民はこのような体験によって、設備安全に関して原子力規制委員会が、「世界最高水準の基準」で審査することだけでは、原子力安全は全うしないことを知っている。安全装置を働かせるにも運転員など人の果たす役割が大きく、十分な準備と支援体制なくしては現場の所長も自治体も動きが取れず、住民も日頃からの覚悟がなくてはならないことを、身を持って理解した。

果たして政府や福島県以外の立地自治体、住民はこのことを理解しているのだろうかと福島県民は心配している。政府が原子力規制委員会のGOサインが出れば、運転再開に踏み切ると言っているが、そんなことで原子力安全が確保出来るなどと福島県民は思っていない。

規制委員会が審査対象を原発構内の設備に限定するのであれば、国の事故対応体制や自治体が整備する防災体制が十分なものだと、誰が審査するのだろうか。政府や自治体がバタバタと急造したものを自己採点で合格だというのでは、誰も納得はしないだろう。過酷事故対応訓練、避難訓練などを抜き打ちでやって完全なる第三者がこれを評価するくらいのことをしないとダメだと福島県民の多くが感じている。

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