日本エネルギー会議

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テールリスク

テールリスクとは、「確率は低いが起こると甚大な損害をもたらすリスク」のこと。
福井地裁が関西電力大飯原発に再稼働を認めないという判決を下したが、その理由のひとつは「基準地震動」(耐震設計の目安となる地震の揺れ)より大きい地震動が発生しないとは言えないというものだった。原告側が、日本国内で既に何回か大飯原発に採用した基準地震動より大きな地震が発生しているので、基準地震動によった原発では安全ではないと主張していたのが認められたかたちだ。

では、どこまでの大きな地震を考えればよいか。文書など記録が残っているもの、あるいは考古学上証拠が残っている大津波、大地震の最大値で良いかといえばそうとも言えないが、対処するには莫大なコストがかかり、原発の経済性を脅かすことになりかねない。

もう一つ厄介なことは、それがいつ起きるかがわからないこと。大地震のあと百年間は大地震が起きないということはないようだ。日本列島が地震の頻発する時期に入ったなどと言われると、そちらの方が気になる。現役の頃、地元の人に原発事故の発生確率は低いと説明したところ、「でも、それが明日起きるかもしれないのでは」と言われて、答えに窮したことを思い出す。

大地震や大津波以外にも、巨大隕石落下、パンデミック、偶発的な核戦争、サイバーテロなど多くのテールリスクが存在する。近年、科学技術の発達とともに、いままでわからなかったリスクを発見する、あるいは人間が新たなリスクを作り出すといったことが起きている。

福島第一原発の事故は、人が作り出したものに自然災害が影響してリスクが顕在化したものだ。現代では、化学コンビナートやバイオ施設など、人工物と自然災害が絡んで被害を甚大にしてしまうリスクが大きくなっている。ハッカーによって混乱が生じたところにテロが襲撃すれば、思わぬ事態にならないとも限らない。

火山地帯に暮らす、あるいは海岸やダムのすぐ下に家を作ることも、リスクをわかっていてのことだ。私が原発から四キロの富岡町に終の棲家を構えたのも、原発事故のリスクをまったく無視してのことではない。ただ、事故発生が非常に低い確率だと思っていたからだ。避難先を考えるにあたって、妻は「東京は嫌だ。福島の方がまだましだ」と言った。理由を聞くと「原発事故ならなんとか逃げられるが、首都直下型地震が起きたら東京に住んでいたらどうにもならないから」と答えた。確かに高層ビルが立ち並び、地下街が発達した都会もリスクが大きい。

では、テールリスクにはどのように対処したらよいものか。人類の歴史はテールリスクにいかに対処して生き延びてきたかの歴史でもある。古代ではほとんどのテールリスクは自然災害そのものであったため、占いなどが発達したのだろう。対処出来るとすれば、いかに損害を減らすかという減災が主な手段であり、富岡町の遺跡を見ると、古代人は津波に備えて海岸ではなく高台に住居を構えていた。そのほかのテールリスクについては、気にしていたのでは生活が成り立たず、起きたら仕方がないと諦めていた。今、東京など大都会で暮らしている人達は、古代人と変わらない気持ちなのかもしれない。

科学技術が発達した現代で、テールリスクに対してどのようにするかと言えば、第一にテールリスクを探索し評価すること、第二にテールリスクの発生について予知すること、第三にテールリスクの顕在化を防止すること(防災)、第四にテールリスクが顕在化したときの損害を軽減することだ。記録にないほどの大雨が降りそうな場合、気象庁は事前にレーダーで雨雲をキャッチし警報を出し、自治体は堤防の近くに住んでいる住民にあらかじめ決めたルートで避難するように指示を出している。この他にも、現代では保険を掛けること、危険物を分散させておくこと、備蓄をすることも一種のテールリスク対策と言える。予知が出来ないもの、防災が難しいものは、減災に努めるしかない。

ここで大事なのは、テールリスクに対して防災や減災をすることが、他のリスクを高めてしまう場合があるということ。例えば、原発事故が怖くて、即原発をやってしまえば、エネルギー安全保障の問題に直面する。追加投資は電力料金を高騰させて国内産業の国際競争力を奪ってしまう。テールリスク対策を行うことは、必ず他の生存条件や生活水準とのトレードオフになってくることを知らなければならない。ことわざの「羹に懲りて膾を吹く」とは、事故のショックのあまりに、このトレードオフの感覚が狂ってしまうことを言っているのだろう。

さらに、人々はテールリスクを考える際に、極端から極端に走る傾向がある。その結果、不毛な対立が起きて、結果的に今そこにある危機を見逃してしまう。福島第一原発の事故も、原発推進派と反対派の二項対立が続く中、テールリスクが顕在化してしまった。

このようにならないためには、関係者(反対派も含む)がもっと現実的、現場的な感覚を持つことが大切だと思う。他で起きたことを自分のところに引き直して検討すること、リスクは大きくなったり小さくなったり絶えず変化するはずなのでこれに注意していること、日進月歩の学問や技術の成果を取り入れることを怠ってはいけない。ピタリと予測できなくとも、時期や範囲を絞り込むことが出来れば、防災、減災の費用は大幅に削減出来る。

テールリスクを明確にするため、我々はもっと科学技術を使う必要がある。そのための費用はテールリスクが顕在化したときの損害に比べれば十分にペイするはずだ。また、科学技術は専門化し、専門家どうしのコミュニケーションが不十分になっている。テールリスク管理や対策をするには、どうしても専門知識を統合するセクションあるいは体制が必要である。国においても企業においても、テールリスクの管理はリーダーたちの重要責務である。

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