日本エネルギー会議

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懸命の引き止め策

富岡町から避難して3年が経つ。町役場から毎月たくさんの資料が避難先の住所に送られてくるが、最近、その頻度と資料が増えた気がする。

昨年秋の住民アンケート調査によれば、「現時点で富岡町には戻らない」としている人は全体で46パーセント。20代、30代では60パーセント、40代でも57パーセントだ。子供達に対するアンケート調査でも、「今通っている学校にこのまま通いたい」が、64パーセント。帰りたくない理由の一番は「いまの生活が良いから」二番は「放射能がこわいから」。

富岡町の除染は、帰還困難地域を除いてこのほど開始となったが、このままでは町が半分以下に縮小し、極端な少子高齢化となってしまう。戻らないとしている人は、東京電力の不動産に対する賠償が進んだため、避難先などに土地や家を買い始めている。お墓の移転を希望する人も出始めている。

このように帰還に対する気持ちがなくなったのは、除染が遅れたこと(どんなに早くてもあと3年は待たねば区域解除されないので、通算6年)、避難先の都市部での生活の便利さを感じたこと、子供が学校に慣れたこと、標準的な家族は不動産の賠償で家を買える金額が得られたことなどによるものだ。

県と町は避難先に復興住宅の建設を急ぎ、今年の秋にも入居を開始。平成27年度内の完全入居を目指して、入居申し込みを受け始めた。仮設住宅から復興住宅に移ってもらい、そこで町への帰還を待ってもらおうとしている。

そのほか住民の帰還の気持ちをつなぐため、町はさまざまな企画を行なっている。大震災の起きた3.11には郡山市の斎場で町が主催して慰霊祭が行われた。富岡町生活復興支援おたがいさまセンターでは各地区に交流サロンが設置され、手芸クラブなどが盛んで、新年会も開かれた。さくらスポーツクラブは、毎日のように各地で体操教室やイベントを実施。子供のスキー体験(無料)、花見山へのウォーキング(2000円)も仮設住宅からの送迎バス付きだ。

町が心配しているのは、富岡町が放射線量で三つの区域に分けられ、解除の日がバラバラになること、賠償にも差が出たため、町民の気持ちがそろわなくなることだ。今回、町は4月上旬に「復興への集い」を開催することを発表した。場所はいわき市と富岡町の中間にある広野町(Jビレッジがある)の体育館。県内9カ所からの送迎バスが出る。アトラクションや出店、ゆるキャラも来る。そして大人は花見を兼ねてバスによる富岡町内の復旧復興状況視察がある。こうした活動に加え、これから宅地、農地、山林の除染が開始され、町民が立会いのために町に行く機会が増えれば、町に戻る気持ちも少しは高まるかもしれない。

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