日本エネルギー会議

  • 設立趣旨
  • お問合せ

信頼醸成について考える(その一)

原子力委員会メールマガジン(1月17日号)に秋庭悦子委員が「国民の信頼醸成の仕組みを制度に」という文を書かれている。福島第一原発の事故で、国や事業者の信頼は大きく損なわれたが、この状況が変わるのはなかなか難しく、また、立地地域の多くの方々は「安全」と「安心」の狭間で揺れ動いているのが現状ではないかと分析されている。政府は再稼働に向けて進んでいるが、住民の安心を得る仕組みについては、従来と何も変わっておらず、様々な報告書などには「国民の信頼醸成が重要」との指摘はあるが、具体的な制度や仕組みの提案、実現に向けた動きを促したいと言われている。(詳細はメルマガをご覧ください)

そもそも信頼とは何か、どのように醸成されるものなのかを考えていくと、人間社会の根源に触れる誠に難しい問題である。信頼に関しては、従来から「安全運転の実績を積み重ねる以外に信頼は得られない。また、それが崩れるのも一瞬である」とか、「百聞は一見に如かず。とにかく現場を案内して体感してもらうに限る」「設備を作るのも、運転するのも人であり、最後に信じられるのは人である」「専門的なことは説明しても解ってもらえない。解りやすくすれば、正確さに欠けるというジレンマに陥る」「信じるも信じないも、もう一蓮托生だから事故に遭ったらその時は諦める」などいろいろなことが言われてきた。

被災した立地住民の立場から言えば、まず、今までの国や電力会社の説明の何が間違っていたのか、洗いざらい出してもらわないと信頼醸成のスタートにつけない。これは泉田新潟県知事が主張していることと相通ずるものだ。そしてあらためて、もう一度最初から、どのように事故が起きないように対策をしているのか、事故が起きた場合にどのように拡大防止が図られるのかの説明をあますところなくしてもらう必要がある。

また、フランスのような双方向のコミュニケーションの場が出来たとしても、その際に、全面的に情報公開をしてもらう必要があり、従来のように黒塗りであったり、都合のよいところだけ見せたりするようでは受入られない。さらに、判断のためには他の原発との比較、外国との比較なども嫌がらずに示すことが求められる。要は従来やっていたように「意図的に、工夫を凝らした説明」はやめてもらいたいのである。国や電力会社にそれが出来ないのであれば、例え第三者機関を造ったとしてもだめであり、制度による「信頼醸成」は諦めるしかない。

  • データベース室
  • エネルギーとは?
  • 世界と日本のエネルギー
  • 原子力の論点
  • 放射線と健康