日本エネルギー会議

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大人のリアリズム

評論家渡辺京二はその著書「なぜいま人類史か」(洋泉社)で、「この世に大規模な災厄をもたらすのは、ある理想を求める衝動だともいえるのです。
一略一
理想主義というのは、ひとつ間違うととんでもなく恐ろしい結果を生むということを、私たちは自戒として持つべきでありましょう。そういう認識を徹底させれば、ここにいわゆる大人のリアリズムが生まれることになります。」と書いている。

近い将来(この言葉は野田解散を思い起こさせるが)原発ゼロにするだとか、年間1ミリシーベルトになるまで除染に予算をつけるとか、あるいは現実問題として原発での長時間の電源喪失は我が国では考えなくてもよいとか、原子力こそ人類を救う究極のエネルギーだからこれしかないと主張するのは、これに当てはまるのではないか。福島第一原発の事故やその後のゴタゴタを見ていると、我が国に一番欠けているのが渡辺京二の言う「大人のリアリズム」である。

戦時中、戦艦大和は国民の血税で建造されたのだから、例え無理だとしても沖縄に出撃させなくては国民の納得が得られないと判断したとか、原発の汚染水を絶対に海に流してはだめだとか、人体への放射線被ばくはゼロが一番望ましいのでそれに向かって邁進するなどというのは、人々の感情を優先したことで、とんでもない損害を出してしまった例であり、「大人のリアリズム」からはほど遠いものだ。

所詮、原発は地域振興のために地方自治体や議会が誘致したものであり、電力会社は利益を得るために原発を動かしたいのであり、原発は科学技術で造られているので誤った設計や扱いをすれば必ず事故を起こすものであり、身体への放射線の影響は程度問題であり、太平洋は汚染水を希釈するには十分すぎるほど広いのであり、人々は悪いニュースの方を気に入るのだ。

科学はキリスト教が聖書に書いてあることが真実であることを証明しようとして生まれたが、その科学が元になって出来上がった原発にせよ,放射線にせよ、物理や化学の法則という「リアリズム」を具現化したものだ。よって、扱う側も「大人のリアリズム」を貫徹しなければ、その報いを受けるだけである。

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