日本エネルギー会議

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一事が万事

よく、「一事が万事」と言う。辞書によれば、一つのことを見れば、他のすべてのことが推測出来るということだ。些細なことから、全体が同じ調子と見られるなど、悪い面で使われることが多い。

私が現役の頃、原発構内(放射線管理区域ではない一般区域だったが)見学に来られた議員さんが、昼休みに下請の作業者が上半身裸で歩いていたのを見とがめ、「原発内を裸で歩くとはとんでもない」と怒られた。我々自身も、上着のボタンや袖口のボタンを外している、ヘルメットのあご紐の緩みなども「規律正しくない」「そんな調子では、汚染管理のためのルールなぞ守れるはずもない」と口うるさく注意したことを昨日のことのように思い出す。

些細な問題点を放置したために、これが端緒となって大きな事故が起きることがあるのも事実であり、現場管理上目に付いたことは直ちに注意する、小さなこともおろそかにしないというのがセオリーとなっていた。原発では塵ひとつないクリーンな現場を目指していたのも当然のことであり、「綺麗な現場ですね」は、最大級の褒め言葉だった。

現場がクリーンなのは結構なことだが、こうした小さ積み重ねをしていけば、原発が安全に保たれると考え、それで頭がいっぱいになって大きな危険を見逃してしまうということに関係者も外部の人たちも気づかなかった。技術的なところでも、役所がずいぶん細かい点を突っつくので、これを躍起になって対応していた。事がある程度進んでいるときに、根本にさかのぼって問題を蒸し返すのは、大変なパワーが必要なことで、目先のことに集中する方が楽なことも事実だった。

この十年来は、中越沖地震をきっかけにした耐震補強問題や不祥事による稼働率の大幅な低下で、アメリカ、韓国に水を開けられて、なんとかこれを挽回しなくてはならない、高速増殖炉がうまくいかないので、核燃料サイクルのためになんとかプルサーマルを実施しなくてはいけないと役所も電力会社も行き詰まった事態の打開に血道を上げていた。

福島第一原発の事故が起きるまで、古い炉では設計や立地に問題があること、メルトダウンの可能性や万一の備えをどうするかについて思いを巡らす人はほとんどいなかった。原子炉の安全な運用を監視することを一番期待されていた原子炉主任技術者は各号機に正副二名、全国では100名以上がいたが、全員が会議や検査立会いに忙しかった。

原発の関係者は役所も電力会社も優秀な人材が多いが、秀才らしい仕事のやり方が行われていた。彼らは幼いときから受験勉強に揉まれてきたが、試験においてはまず簡単な問題から手をつけ、それをやって点数を確保してから残りの時間を難しい問題に当てるというノウハウを体得していた。試験をする側も難しい問題はそれだけ正解してあとは白紙でも合格するくらいに大きな配点をすべきだったが、シングルヒットやフォアボールを集めれば合格するような配点をしていた。秀才たちは実際の社会に入ってからも、学生時代にうまくいったそのやり方を好んでやっていたが、これも「一事が万事」式の小さいことから固めるやり方に通じるものだ。

QCサークルの流行も影響したかもしれない。小さなこと、表面的なことに集中するあまり、肝心な根本的なところに手が入らず、津波の一撃で原発の安全はもろくも崩れてしまった。根本的問題というと、一足飛びに哲学的な問題に入ってしまうなど、日本人は適当なところでとどまって、地に足のついた議論をするのが不得手だということを自覚しておく必要がある。

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