日本エネルギー会議

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些細な事

 台湾の原子能委員会から避難の体験について講演を依頼されたので、その準備をしているのだが、福島第一原発の事故から二年を過ぎても、避難当時の些細な事がたくさん思い出す。

・携帯電話の電池が無くなったが、充電器までは避難に持ってこなかったので困って充電器を探したこと。
・NTTが、避難所に無料電話コーナーを設けてくれたこと。パソコン、インターネットまで置いてくれて助かったこと。
・町が、さまざまな貼り紙が貼られていたものを途中から整理して、内容別にしてくれたこと。
 また、役所民間を問わず、気の利いたところは、貼り紙を上手に利用していたこと。
・臨時の風呂をつくってくれ、その後何ヶ月も駐屯してサービスし続けた自衛隊員たちの立ち振る舞い。
 (それまでは町が、バスで近くの風呂まで送迎をしていた)
・避難所のゴミ箱の片付けや床の掃除などを黙々とやってくれた若いボランティアがいたこと。
・日の丸のついた緊急用の毛布がウールでなく、ちっとも暖かくなかったこと。
・ある企業が大量のダンボールを提供してくれたので、それを使って居住空間 を各自で避難所の中につくれ、
 最低限のプライバシーが守れたこと。
・避難後だいぶたってから、大学の教授が考案した紙パイプとカーテンによる組立式のしきりが入り快適さが増したが、
 もっと早くからやってほしかったと思ったこと。
・ガソリンが入手出来ずに困っていたとき、知り合いが、高速道路のサービスエリアでは、ガソリンを給油することが
 可能だと教えてくれたこと。
・親戚や知人の家に誘われて避難所から出て行った人が、一週間くらいで世話する方もされる方も気疲れして、
 また避難所に舞い戻ってきたこと。
・連れてきたペットがみんなストレスで体調を悪くしたこと。獣医師会が診察代を支援してくれたこと。
・新聞サービスとともに、生花を避難所の何箇所かに置いてくれたことが、どれほど精神的に助かったかということ。
・大きな避難所には驚く程の数のボランティアや立派なサービスがあったが、そうでないところとの差が大きかったこと。
・東京電力が賠償を始めたところ、仮設住宅に入った人は、狭いので家電や家具を買えずにいたこと。

些細なことばかりだが、避難者が感じたことを少しでも、次の避難のために(原発事故ばかりとは限らない)役立つように被災した町村などが、取りまとめて情報としてまとめることが必要だと思うが、いまだにその動きは鈍い。

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