日本エネルギー会議

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ショールームの賑わい

 郡山市北部の小高い丘にある奥羽大学は歯学部と薬学部からなり、付属病院もある。その下に広がる平屋と二階建ての仮設住宅群二つは、主に富岡町からの避難住民が暮らしている。まるで映画「天国と地獄」で黒沢明が描いた横浜の高台の高級住宅と、その下のバラック住居のような風景である。 
 そのごく近くのインター線沿いには、ハウスメーカーのモデルハウスや住宅機器メーカーのショールームが点在して、休日ともなれば、家族連れで一日中賑わっている。このあたりの車は福島ナンバーだが、駐車場を見ると停車している車は半分がいわきナンバー。一目で避難している人たちだということがわかる。
 市内では、ハウスメーカーの住宅展示場が増え、現地見学会も頻繁に行われている。配られているパンフレットには、「消費税率が上がる前に建てれば、100万円以上お得」と書かれている。先の大震災で県内の多くの古い家が壊れたが、郡山市の建設業界の活性ぶりは、避難している人たちが一部を支えていることは確かだ。
 避難している人々、特に帰還困難区域に家を持っている人や、それ以外の浜通り地域でも子供のいる人は、郡山市やいわき市に移り住もうと考えている割合が多い。それに一時帰宅で地震の被害やねずみなどの被害を受けた自宅を見て補修程度ではだめで、家の建て替えをしなくてはならないと判断した人は、いつまでも仮設や借り上げ住宅ではなく、そろそろ自分の家を建てることを検討し始めている。
 避難し、郡山市などの便利な生活を体験したことも判断に影響している。どうせ建てるのなら、復興にいつまでかかるかわからない浜通りの復興に付き合うより、敷地は狭くとも、早く都会に建てた方が得策だと考えている。子供が学校に通っている人はなおさらで、何回も転校させないよう、長く暮らせる場所に落ち着きたい。高等学校は浜通りでは数が限られているが、都市部に数多く選択の余地がある。
 親と一緒に暮らしている人たちは、「子供のために」が優先で、親や祖父母はそれに合わせる。賠償の対象となる浜通りの土地や家の名義が、まだ祖父母になっていることも影響している。賠償の元になっている土地や家は、先祖から受け継いだ財産で自分一代のものではないという気持ちは田舎ならではのものがある。
 6月からは土地や家の賠償もスタートし、既に何千万円という賠償金を手にした人も続出している。事故が起きた当時、何十年も経った古い家に住んでいた人は、退職金で古い家の脇に新しい家を作るなど、家の建て替えが始まっていた。資金不足などでまだ実行に移せていなかった人も、今回、思わぬ建て替え資金が転がりこんだ。田舎に比べて都会の土地は高いが、それでも家族全員の賠償を合わせれば、それなりの土地と家を手に入れることが可能だ。よく「金で時間を買う」という言い方をするが、家を建てることで仮の生活に終止符を打つことが出来るわけだ。自分の家を持てば、住民票をそこに移さねば不自然だ。避難自治体が避難先に作った小中学校は生徒数を減らし続けている。これから、原発周辺の4町は転出による人口減少に悩まされ、町村合併や再編話がまた、浮上してくるはずだ。

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