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専門家への信頼

 原子力委員会メールマガジンNo.130 (2013年7月5日号)<委員からひとこと>に秋庭悦子委員が書かれた「専門家への信頼について」を読み、いろいろ考えるところがあった。
 秋庭委員は、最初に日本原子力文化振興財団の世論調査の結果について、原子力関係者や原子力専門家への信頼は、「信頼できない」「どちらかと言えば信頼できない」という回答は31.3%と「信頼できる」「どちらかといえば信頼できる」という回答の2倍以上ある。「信頼できる」と回答した理由は、「専門的な知識を持っている人だから」(59.9%)、「事故の経験を踏まえて安全対策を講じることができるから」(36.2%)についで、「信頼したいから」が34.5%であることに驚いたと書かれている。そして、「安全対策を講じることができるのは専門家なのだから、しっかりやってください」という願いがこもっているとみるのは希望的観測でしょうかと書かれている。
 「信頼できる」の理由として「信頼したいから」というのは、いささか論理的ではない。私は「信頼したいから」と言うのは、「信頼するしかないから」ではないかと思う。「しっかりやってください」と言うよりは、「そんな専門的なことは素人がチェックしようにも出来ないから、信頼するしか手がない」という意味だと推測する。どんな気持ちかと言えば、人生最大の買い物である「マイホーム」を建てるときの施主が抱く工務店のスタッフに対する気持ちや虎の子の貯金を投資会社に投資するときの気持ちだと思えば良い。
 続けて、専門家が信頼できない理由としては、「情報公開が十分されていないから」(76%)「管理体制や安全体制が不十分だから」(57.3%)についで、「信頼できないから」(56.5%)となっています。「信頼できないから信頼できない」というのは、漠然とそもそも原子力の専門家というものは信頼できないということと受け取れば良いのでしょうかと秋庭委員は書かれている。これについては私も同感で、「信頼出来ない人たちのやることだから信頼出来ない」ということで良いと思う。
 アンケート結果を要約すれば、「素人が専門的なことをいくら考えてもわからないから、専門家を信頼するしかないと思っているが、残念なことに信頼出来る専門家たちはほとんどいない」ということになる。
 ではアンケートの回答者はなぜ「信頼出来る専門家たちがほとんどいない」と思ったのだろうか。それは福島第一原発の事故によって、原子力の専門家たちの過去の行動について、ごまかしたり、確認を怠ったり、判断が甘かったり、組織防衛に走ったりしたこと、責任を回避したことが明らかにされたからだ。
 マイホーム建設を頼む工務店や虎の子を預ける投資会社についても、依頼主は評判を聞いたり、実績を見たり、実物を見学したりする。素人なりに懸命に五感を使って、時には第六感まで使って、信頼出来るかどうかを判断しようとするものだ。顔の表情、話し方、身なり、有名かどうかなどもそのひとつ。
 長い間の実績や記録を比較すれば、はっきりと差が出てくる。それが公になれば、素人でもよりしっかりした判断根拠を得ることが出来る。だが、事業者自身がそれをやることは、あまり期待出来ない。我田引水が横行して素人を迷わせるからだ。
 そこで必要なのが、研究者やコンサルタントやメディアであり、入手困難な情報や洞察力を駆使した分析結果を提供してくれ、それらは大いに素人判断の助けになるはずだ。従来、住宅も投資も原発運営も、そのあたりが十分に機能していなかったと思えるのだ。 
 不動産や金融ではさまざまな不祥事や犯罪があって、メディアもアドバイザーやコンサルタントの意見を盛んに伝えるようになり、法的な規制も強化された。原子力ではこの点にも問題があった。不祥事が起きたあとでも、今まで原子力では業界自体が安全や経済性に関する外部の手による比較、評論を許さない雰囲気があった。業界誌に全原発の過去10年間の平均稼働率を比較出来るグラフを出したところ、「今まで見たこともないおもしろいグラフだった」「よくあんなグラフを雑誌に出すことが出来ましたね」という反応が業界内部からあった。
 「専門家への信頼」に話を戻すと、信頼出来る人(技術者)とは、事実を曲げない人、間違っていたらすぐに訂正する人、権威や圧力に屈しない人、弱い者の味方をする人、謙虚な人、批判力を持った人、言ったことを実行するなど約束を守る人、実例や具体的な話をする人、取り入ろうとしない人、芯が強い人などと表現出来るかもしれない。
 鉄は熱いうちに打てというが、家庭教育、学校教育、なかでも大学教育で、信頼出来る人の育成を図る必要があるのではないか。また、企業内や業界内にそのような人を育てようとする意欲をもっと持つ必要がある。自分の入社以降を振り返ると、そんなことは当然と考えて現実を冷静に観察していなかったところに問題があったようだ。
 秋庭委員は、おなじ文の中で、日本原子力学会の「東京電力福島第一原子力発電所事故に関する調査委員会」の中間報告から特に学会役員・部会長等へのアンケート結果についても述べられている。このアンケートは、学会として、あるいは個人として福島事故を防ぐ又は事故の影響を小さくするために行うべきだったことなどについて自由に記載する、いわばヒアリングのようなもので、回収率は34.9%でしたが、289人中67名の方が記名で真摯に答えていらっしゃることに感銘しましたと書かれているが、私は67名しかいなかったことを残念に思っている。これがもっと多ければ先ほどの「原子力の専門家はあまり信頼出来ない」はずっと減るはずだ。
 秋庭委員は次のような指摘もされている。アンケートの目的に「学会自らの組織的・社会的な問題点とも向き合い、原子力災害を防げなかった要因を明らかにして、必要な改革を提言する」とありましたが、このことが本気でなされることによって、はじめて専門家への信頼が揺るぎないものになると期待しています。ただし、福島事故から既に2年以上たっているにもかかわらず、いまだ中間報告というのもいかがなものでしょう。スピード感も信頼関係にとって重要ではないかと思いましたと。
 原発事故で避難している私の立場からすれば、強く共感出来るものだ。そのスピードのなさも、原子力災害を防げなかった原因に付け加える必要がある。

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