日本エネルギー会議

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万物の起源

 この二年間、福島第一原発事故の背景を、毎日考えているうちに大事なことに気がついた。事故が起きる前まで、ほとんどの原子力関係者は現状を批判しなかったし、事故が起きてからも、声を潜めている者がほとんどだという事実である。
 万物の起源は一個の衝突だ。それが分子であるか原子であるかは知らないが、そこから万物が生成していく。人も一つの受精卵があって、はじめてこの世に生まれることが出来る。問題に気づいてもこれは私の領域外、担当外と考える。お前がやれと言われ貧乏くじをひくことになると先読みして発言を控えるのではだめだ。すべては、ガリレオ・ガリレイのように新たな発見や問題点に気づいた人が、やむにやまれず声を上げることで始まる。
 いままで原子力界は、中世のキリスト教会のように、いわば集団的茹で蛙状態だったのではないか。声を上げることが出来ないようなしがらみと雰囲気。声を上げれば組織から排除されるのは確実。浸かっているお湯は、いつまでも入っていたくなるような温度であった。上層部は下からの意見、外部からの声を警鐘として聞かず、秩序破壊の危険ありとしか評価出来なかった。先輩から受け継いだ宿題をそのまま後輩に受け継いだり、さらに問題を複雑にしたりしたこともあった。
 トップは事故や不祥事が起きると現場に行き、膝を交えて現地職員から意見を聴こうとするが、それでは手遅れだ。反対派の意見も頭から無視するのではなく、その中にもっともな点がないかと謙虚になる必要がある。これは痛い質問だと思うものがあるはずだ。
 中間管理職は自分よりひとつ上の目線で下からの意見を考える必要がある。福島第一原発でも電気室浸水の危険性に言及した部下に対して、「それはタブー」と反応した上司がいたが、どこにでもある話ではないか。誰かが言い出し始めなければ何事も始まらない。本当に安全を達成しようとするなら、組織を守ろうとするなら、第一声を発する人を、あいつは変わり者だと皆で押さえ込むのではなく、大事にしなくていけない。

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