日本エネルギー会議

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庭が教えること

 自宅から避難して二年が経った。一年目はほとんど帰宅出来なかったので、夏には数百坪の敷地全体に雑草が生えた。二年目は種や胞子が飛んでこれがさらにひどくなった。それとともに枯れている庭木が目立つようになり、笹や竹が広がり始めた。蔦や葛といった植物が木に絡まり、その茎は人の指ほどにも太くなり、縄のように二、三本が撚りとなり、木の枝や幹を締め付けるようになった。そうなった木は秋でもないのに葉を落とし始めた。苔庭の部分も雑草が繁殖して苔はほとんど見ることがなくなった。弱った木では、テッポウ虫が木の根元に穴を開け、そこから木の芯を食い荒らし、こまかなおがくずのようなものが穴の下に堆積している。まもなく木は枯れはじめるだろう。排水口には落ち葉が堆積して排水出来ない水が溜まっている。屋根の樋にも落ち葉がたくさん詰まって流れが悪くなっている。竹垣など木や竹で造ったものは数年ごとに新しくする必要があるが、それも出来ずに壊れていくに任せている。高さ7メートルの柊の大木は玉造に仕立てていたが、枝がどんどん伸びて、いまでは全体にこんもりとした形になっている。進入路に植えた十数本のシラカシの木は雑草が背丈ほどに大きく成長したために、下半分の枝が枯れてしまった。松は風通しのために「みどり摘み、古葉取り」が欠かせないが、やれていないので葉が密集して腐り、虫が発生している。
 枯れてしまった木と元気な木にはどのような違いがあるのかは、観察していたらすぐにわかった。枯れたのはほとんどが植木屋の畑で育てられ、形を作られたもので、元気なのは山に生えていたものを直接移植したものだ。前者は黒松、五葉松、もちの木、モッコク、ツツジ、槇など、通称「庭木」と呼ばれるものである。後者はモミジ、アオハダ、山桜、ヤマボウシ、エゴ、イタヤカエデ、ムラサキシキブ、川フタギなどで通称「山の木」と呼ばれるものである。人が手入れをすることで虚弱に育った木は雑草などが生え、隣の木が枝を伸ばして邪魔をすることに抵抗力がなく、枯れてしまったのだ。
 農家が何代にもわたって耕作してきた田畑も、同じように自然に還りつつある。人が手をかけていたものは、人がいなくなった途端にダメになっていく。平均年齢70歳の農林業は浜通り地方においては、後継者に技術を引き継ぐ機会を失ってしまった。人工的に造ったものは、人が管理しなければ時間とともに朽ち果ててしまう。庭の東屋も柱が腐り始めて暴風雨で屋根が飛ばされる恐れがあるので、補強材を打ち付けた。
朽ち果てんとする我が家の庭

 原発は人工物の代表的なものだ。長期停止や廃炉までの停止によって劣化が進む。潮風による金属の腐食、埃の付着、微生物の発生、暴風雨や高波、塗装の剥落、カビの発生、ゴムや油などの劣化、電子機器に対する湿気による影響も出る。電力会社の財政が厳しくなる一方で、運転技能の維持も含め原発の維持管理はどのように行われているのか心配だ。

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