日本エネルギー会議

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不安のこだま

 最近、原発事故による避難を経験した、就学前の子供を持つ母親から「福島から子供を連れて新幹線で東京に行くのは躊躇する。どんな危険が待っているかわからないから」と聞かされた。都心で大災害に遭えばどうなるか、とても子供を守ることは出来ないと考えるからだという。これを聞けば東京の住人は驚くだろうが、福島県内の若い母親のリスクに対する感度は、これ以上ないレベルまで高まっている。
 ネットや携帯メールによる現代の井戸端会議では、安全の話より危険の話の方に注目が集まるもの。誰もが、危険な話を探している。同じリスクでも自分一人の力ではどうにもならないものに対しては、リスクはより大きく感じられるものだ。小さな子供の命を守ってやるのは母親しか出来ないとの思いが強く、祖父母も周囲の人もそれには無条件で理解を示す。祖父母は孫が帰還した自分たちのところへは来ないことについて、子供夫婦を責めようとは
しない。自分たちが我慢すればよいのだと諦めている。心配はしていないという少数派の親のコメントは一切報道されない。心配している人は、そのような人をいいかげんな親と批判する。誰もが多数派でいたいのだ。これらの現象が、東日本大震災と原発事故によるものであることは明らかであるが、その後の状況にも大きく影響を受けてナーバスさが維持されている。
 福島では思い出したように、一日に何回も小さな余震が発生する日がある。何ヶ月かに一度、先日の震度5の余震のような大きな余震がくる。地元紙には地震や火山は活動期に入ったのだ、吾妻山が噴火すれば溶岩流が福島市に押し寄せるという記事が地図とともに掲載される。時々報じられる福島第一原発での溢水などのトラブル。こうした自然の大災害と原発事故による放射線の被害がセットで考えられるようになっている。自然災害の大きなのが来たら、「その時は原発もまた危険だね」と。
 大型書店はもちろん、スーパーの中にある小さな本屋でも原発、放射能関係の本のコーナーがあいかわらず目立つ。それらは危険性を訴え、どのように放射線による健康被害を防ぐかなどの内容のものがほとんど。これは従来と同じだが、事故前とは冊数が桁違いに多いし、目立つところを占拠している。不況の出版業界は、いまだに原発や放射線の怖さで稼ごうとしている。こうした本がどんどん売れているようではないが、タイトルはいやでも目に付くし、立ち読みくらいはする。
 地元紙の福島民報が、現在連載中の料理記事のタイトルが「放射線に負けない健康レシピ」。その内容はカボチャの煮物の作り方と、測定することが唯一人々を納得させる方法というまともなものだが、タイトルがいけない。テレビでは事故から二年になろうとしている現在でも、NHKを始め各局は、天気予報のように毎日各地の線量を報じている。まるでメディアが原発事故のことを忘れてはいませんよという主旨で放送しているようにも思えてくる。
トレンドは示さず、数値だけなので毎日ほとんど変わらないという印象を持つ。原発周辺を除いていずれも低い数値だが、福島市より郡山市、郡山市より白河市の方が低いと視聴者は気にする。こうして、福島では不安情報がいつまでもこだましている中で年の瀬を迎えている。

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