日本エネルギー会議

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原点となるもの

 先週、野田首相が福島を視察した。首相は福島第一原発の現場を視察した後、事故直後に現場で対応にあたった
東電や協力企業の社員ら8人と、福島県楢葉町の拠点施設「Jヴィレッジ」で懇談した。
海外メディアから「フクシマ・フィフティーズ」と呼ばれ称賛された作業員らは、当時の困難な状況を生々しく語った。
その中で3号機の水素爆発時に免震重要棟にいた作業員は、「ドンと(音が)来て体がふるえた。
戻ってきた同僚の顔は真っ青だった。こんなことを起こしちゃいけないと今でも強く思っている」と語った。
 この言葉に私は、強い共感を持った。私自身、昨年の3月12日、マイカーで家族とペットを連れて、
富岡町から郡山市に避難したが、その避難所の生活で「原発が必要と思って推進活動をやってきたが、
住民をこんな目に遭わせてはいけない」と強く思い、それが今まで避難や事故原因に関して書いたり、
講演をしてきた原動力になっている。
 作業員の方は、それこそ命の危険を感じられたはずで、私の経験とは比べ物にならない過酷さだ。
しかし、原子力に携わってきた者として、思ったことは同じだと思う。客観的に見ると、自分が設計したわけでも、
運転したわけでもない。作業員の方も、東電の幹部でも、規制当局の長でもなく、メンテナンスの作業の、
しかもごく一部にしか携わっていなかったはずだ。それなのにこのような気持ちを抱いた。
確かに本人の生活は原発とともに過ごしてきたが、外部から見ると、そこまでの思いつめる必要があるのかと
考えてもおかしくない。
 自分が原発を推進してきた組織の一員であることは間違いがなく、こうなってしまったことに関して、自分自身に
腹立たしさ感じてしまう。どこかで間違いを起こしたことは確かであり、自分はベストを尽くしていたとしても、
まったく責任がないとは思えない気持ちなのだ。錯覚とは片付けられないものがそこにはある。
だから、作業員のこの言葉が出るのだ。
 終戦の玉音放送の後、皇居前の広場で大勢の一般人が地べたに座り込んで、ひたすら頭をさげ、涙を流している
映像を見たことがある。国のために、多大な自己犠牲を払ってきたのに、何故皇居に向かって頭を下げなくては
ならないのか、それが戦争指導者や軍でないのが私には不思議だった。
今回のフクシマ・フィフティーズの作業員の話を聞いて、私はその映像を思い出した。

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