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「原発推進者の無念」の著者が原発事故1周年後の心境を語る その3

福島第一原発の事故から一年と二ヶ月がたった。川内村、南相馬市、広野町など一部の区域をのぞいて大半の警戒区域はいまだ解除の目処もたっていない。
各町村長は区域再編と中間貯蔵施設建設受け入れと補償問題を絡ませて国と粘り強く交渉中で、避難している住民はかたずを飲んでこれを見守っている。国が打ち出した「長期帰還困難区域」、「居住制限区域」、「避難解除準備区域」に町村が分けられ、それに従って精神的補償の一括払いがされようとしている。長期帰還困難ともなれば、5年分として一人当たり600万円が支払われる。これに対して、「避難解除準備区域」は半年分程度しか支払われない見込みだ。町村長はこれにより住民の不満が収まらなくなることを心配して国に補償の一律化を求めている。富岡町長は「どの区域になったとしても、放射能の除染だけでなく、インフラ整備には5年程度はかかるので、結局その間は戻れない。それならば、全部の区域の住民に対して5年分の精神的補償を一括して支払うべきだ」と主張し、そうすれば住民も一応納得が行くとしている。
5年帰れないと聞いて、避難し仮設住宅や借り上げ住宅で暮らしている住民の心は揺れている。各町村も住民が何割か戻らないことが予想され、高齢化も一段と進み、公共施設も元通りとはならないので、早くも合併の必要性を説く首長もいる。住民はそれぞれ世帯の人数、職業、財産、子供の教育などの状況が異なるため一律には言えないが、今後の見通しに関しておおよそ次のような考え方に分かれる。
第一のグループはあくまで警戒区域解除後には帰還して生活を再開しようとする人々。第二のグループは帰還を諦めて、新たな土地で就職先と住処を見つけようとする人々。第三のグループは世帯を、帰還する家族と帰還しない家族に分ける人々である。
第一のグループは自宅を「居住制限区域」、「避難解除準備区域」内に持つ高齢者が中心となろう。代々地元に暮らしてきた人が多い。ただし、地震で損傷している場合は、早急に修理が必要だ。また、5年間定期的に一時帰宅をして確認をしたり、国が優先的に周囲を除染したりして、線量を下げておく必要がある。また、買い物、通院などが不便であれば、第一のグループであっても、それまで帰還を待つということになる。
第二のグループは自宅を警戒区域内に持たない比較的若い世代が中心となる。また、避難中に既に安定した仕事に就いた人、子供を避難先の中学、高校などに入れた人も帰還せずに、新たな土地で暮らす覚悟が出来つつある。
第三のグループは、警戒区域内の仕事(例えば、役場や除染関係)に就いた人、持ち家をしている人である。子供の健康を心配して、あるいは既に避難先の学校に入れたために、働き手である家族だけが、元の家に単身で暮らし、休みの日には家族の元に帰るということになる。除染やインフラ整備が進み、人口もある程度回復すれば、子供も含めた家族も帰還する可能性がある。ただし、現状では長期帰還困難区域ではそれもかなわないと思われる。
このグループ分けで見えてきたことは、「帰還困難区域」に指定されてしまうと、これからさらに5年以上という長い年数避難先で暮らさなくてはならないこと、「居住制限区域」に指定されても、インフラ整備に5年間かかるので、実質的に「長期帰還困難区域」と変わらないということだ。
仮設住宅は当面二年間としているが、今後どうするのか。ソ連はチェルノブイリ周辺の住民のために新しい町を建設して直ちに移住させた。いつまでも仮設に住まわせる日本のやり方に比べて、ある意味現実的であり、住民の苦しみも少ない。
国や「長期帰還困難区域」、「居住制限区域」から避難している人々に対しては、公営住宅に優先入居させるか新たに建設するなどして、早急に仮設暮らしから開放するべきだ。また、自力で新たに家を買ったり、建てたりしようとする人には、警戒区域内の自宅の価値減損に対して優先的に補償を進めるべきだ。
現在、借り上げ住宅でなく仮設に入居しているのは高齢者を中心としたコミュニティー意識が高い人々である。また、いろいろな支援を必要としている人々だ。第一グループに多い七十代、八十代の人々にとって、もう故郷で暮らす年数はほとんどないということになる。これらの人々に対しては、子の世帯で暮らさないのであれば、避難先で老人ホームあるいは介護施設を優先的に提供すべきである。各町村では「仮の町」構想が議論されているが、国や県が全面的に出て支援するなりしなければ、なかなか進まないであろう。

2012.5.17
北村 俊郎

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