日本エネルギー会議

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「原発推進者の無念」の著者が原発事故1周年後の心境を語る その7

福島第一原発の事故が起きてから、事故原因などを分析していると、わが国が原子力平和利用に際して作った三原則を反古にしてきたことがわかる。三原則とは「民主、自主、公開」のことで、原子力に携わるものが、最初に必ず教わることだ。
まず、「民主」であるが、日本の原子力開発、特に原発に関しては、国策ということで民意がどうであるかは無視され、国、産業界、学会のリーダーたちによって国家権力と電力独占体制によって進められてきたものであり、民主的なものとは言えない。もちろん、民主的な選挙によって選ばれた政治家がこれを認めてきたことは確かであるが、国政選挙では原発開発は争点にならなかった。せいぜい建設候補地の首長選挙で取り上げられた程度である。
次に「自主」であるが、国という点からは技術のほとんどをアメリカから直輸入して開発がスタートし、その後は国産化が進んだので、初期のものについては国情にあわないものもあった。安全問題なども「お上」に任せることで自主的な安全確認などはほとんど行われなかった。
最後に「公開」であるが、これまたほとんど行われなかったと言っても良い。原子炉メーカーのデータ黒塗り公開や、やらせメール問題のように形式的な公開が目にあまっていた。一連の事故隠しなどが明らかになったほか、最近の安全問題、コスト問題などを見ていると、次から次へと国民が知らない事実が出てきている。事故の状況についても情報管理が行われ、国民が真実を知るのは後になった。
「民主、自主、公開」の三原則は実にうまく出来ていたのだが、これをスポイルすることに励んだ集団、そしてすっかり乗せられたメディアがあったということになる。

2012.5.15
北村 俊郎

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