日本エネルギー会議

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「原発推進者の無念」の著者が原発事故1周年後の心境を語る その9

1989年に福島第二原発で原子炉再循環ポンプが壊れているのに回し続け大量の金属片が炉心に入った事件があった。福島第一原発の事故はそこから続いていると考えるべきである。2002年になって1980年代後半から1990年代にかけての数多くの隠蔽、改ざん、偽装が明らかになった。電力業界全体でも1976年の関西電力美浜原発の燃料損傷事故以降、敦賀、志賀、輸送キャスク、MOX燃料製造と隠蔽は何度となく繰り返された。
自分たちはプロなのであり、実務を知らず、責任もない学者の言うことに左右されるべきではないという考え方。理論上は起きるが、現実には起きない。起きても十分に安全性は保たれている。そんなことで人を煽って邪魔をしてもらっては困る。どうせ一般の人は理解しないのだから、我々に任せておけばよいのだ。我々は電力供給の責任があり、原子力開発を背負っているのだ。こうした不遜な態度が今回の津波情報の無視や海外の過酷事故防止策に追従しなかったことにつながっている。
この体質に危機感を持つべきだったのは東電の首脳部、原子力業界、役所であったはずだ。メディアも中途半端な追求で国民も見過ごした。東電の首脳部は倫理や安全文化という表面的な対応で済ましたが、そうせざるを得ない内部事情もあったのだ。また、役所もそれに同調した。役所にとってもその方が都合がよかったからだ。
警告は何回も出ていたのだ。傲慢な態度、強引なやり方、社内やメーカーは抑え付け、役所や政治家もメディアも味方につける裏の力。経済力や影響力を傘にきて、見かけは紳士的だが、思いもよらぬ強引なことをする。文句を言うものを黙らせる。東電の補償や電力料金の問題にも、その体質は残っている。
企業としてやらざるを得ないと考え、危ない橋を渡る。危ない橋を渡ることを決意させたのは、今まで積み重ねた所業であり、そこから撤退や進路変更を許さない状況である。現役世代は諸先輩や後輩に見られている。リレーランナーはコースを外れるわけにはいかないのだ。皆を巻き込んで強引なことが出来る人を内部で評価した。社内には優秀な人材が豊富だったが、選抜の決め手はどこまでさらっと大胆な行動が出来るかであった。それが出来なければ、幹部への道は閉ざされる。
東電には日本一の電力会社とか日本の原発推進のリーダーであるという自負があった。それと裏腹に内部での熾烈な競争や主導権争いが存在する。エリートと現場の下積み組の反目もあったが、力関係で現場やメーカーや下請を黙らせることは可能だった。政治家や役人に対しても懐柔に策を弄し、どのような人脈も利用出来るものは利用しようとした。会社を守り、業界を守るためには、あらゆる手を使うことが必要であった。電力会社はどこもおなじようなものだが、東電は特にその体質が際立っていた。これこそが問題の核心だ。

2012.5.1
北村 俊郎

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