日本エネルギー会議

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じっくり考えるべき事

 福島第一原発の事故が起きて、原子力安全委員会が原子力規制委員会に変わり、原子力安全・保安院が原子力規制庁となった。新規制基準は事故の反省に基づくものだ。もし、新基準が福島第一原発の事故以前に存在していれば、大津波に対して海面から低すぎると指摘され運転許可が下りなかった。
 また、電源室が地下にあって浸水すればたちまち電源喪失に繋がると審査合格に至らなかったはずだ。3号機で発生した水素が4号機まで水素爆発させるような配管があればこれも指摘されたはずだ。
 それはそれとして福島第一原発の事故以前に何故問題に気づかなかったのか、また気づいていたとしても何故、問題を是正しようとしなかったのかをもう一度じっくり考えてみる必要がある。さらに深堀りすれば、事故以前は何故これらの問題がありながら審査が合格となったのか。また、電力会社が自発的に安全性を高める努力をしていないと指摘されなかったのは何故かということになる。
 基準が古いままだったからというのは答えにはならない。その基準を改定しようとしなかったことに根本原因がある。何故改定しようとしなかったのか、あるいは出来なかったのかが問われる必要がある。やらねばいけなかったのは国であり事業者であり、指摘しなかったのは学会、自治体、メディア、そして原発で働いていた人たちだ。甚だ理屈っぽくて恐縮なのだが、そのように考える必要があると思う。
 政府が「世界で最も厳しい基準をクリアーしたものは再稼働させる」と言っているが、それでは新基準への適否だけを問題にしていて、今私が問うている問題は置き去りにされがちだ。新基準適合の設備や運転マニュアルもいずれ古くなってしまう。次の事故が起きなければ基準が見直されないというのではいけない。どんどん見直しがかけられることこそが大切だ。
 監督官庁や電力会社の体制変更だけでよかったのかという疑問も生じてくる。国や電力会社の事故対応が何故あのように酷かったか。住民が避難する際の混乱を思い起こせば、避難計画や訓練が何故あのように杜撰なまま放置されていたのか。その原因に対してもしっかりと究明し対策が打ち立てられなくてはならない。新しい避難計画が出来、それに基づいた訓練が行われているということだけでは十分でない。
 「国民も関係者も安全神話を信じきっていた」と言われているが、その裏に希薄になっていた使命感、責任感の欠如や奢り、安定優先でチャレンジしない先送り体質が存在していたはずだ。重い病気になった人は病院に入って悪いところを治しただけではだめで、食生活、生活習慣から治す必要がある。

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