日本エネルギー会議

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故郷の喪失

街を歩いている時もらった画廊が作成した絵画蒐集についての初心者向けのパンフレットにつぎのようなくだりがあった。
「絵はお掛けになった時から、何十年もの間のご家庭でご覧になったご家族皆様それぞれの思い出やご家族皆様の人生が詰まって行くのです。ですから絵は長い年月で古くなったとしても、絵にはそれぞれの方にとってはかけがえのない大事なものになるのです」
 これを読んで、書いてあることが原発事故で避難が長期になって帰還を諦めざるを得ない人の気持ちと同じだということに気がついた。東京電力の新たな家の確保に関する賠償が手厚く行われ、避難先に大きな家を新築する避難者が現れて周囲の人々から怨嗟の対象になり、報道されない「大人のいじめ」がどこの地域でも見られたが、あらためて故郷や長年暮らしてきた家を離れ、家族やコミュニティがばらばらになったことの重さを知るべきだ。
 この二、三年、各地で除染が進み仮置き場からのフレコンバッグが移動しはじめたのは、双葉町と大熊町の中間貯蔵施設建設予定地、それに各町の帰還困難区域の田畑を提供した地権者の合意のお陰だ。これがなければ県内各地の除染は何も動かなかったはず。これから少しでも協力していただける地権者が増えてくれれば浜通り各市町村の区域指定解除が進み、復興が前進する。他にも富岡町民と楢葉町民が合意した焼却灰などの放射性廃棄物の最終処分場も貢献していることを付け加えなくてはならない。
 避難区域の復興のスピードは、除染のスピードとともに処分場がどれだけ速やかに確保できるかにかかっている。廃炉・賠償・除染もその費用を負担してくれる人々があり、また作業してくれる人がいて進んでいる。復興の陰には、かならずしわ寄せを受けたり、苦渋の決断をしたりした人々がいることを忘れてはならない。
こうして住民はようやく元の町に帰還出来るのだが、再び暮らしていく町は絵画で言えば元の絵とはだいぶ違ったものになっており、地域や家族の歴史の分断はどうしても避けられないのは残念なことだ。

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