日本エネルギー会議

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受け入れがたい理屈

今月はじめに経済産業大臣の諮問機関である総合資源エネルギー調査会の財務会計ワーキンググループの会合が開かれ、福島第一原子力発電所事故に伴う廃炉費用や賠償費用の確保策を中心に議論が行われた。賠償費用は託送料金を活用した回収、廃炉費用については新たな積立金制度をつくることが事務局より提案された。

報道によれば、その場で事務局が「福島第一原発の事故以前から原子力事故に対する賠償費用は確保されているべきであり、理論上は過去にこれらの費用が含まれない安価な電気を利用した需要家に、さかのぼって負担を求めることが適当」と発言したが、現時点では過去の需要家を特定して負担を求めることは現実的でないため、受益者間の公平性の観点から検討していく必要性を示したとある。

役人のセンスは民間のセンスとほど遠いところだとつくづく思う。国民目線どころか完全にお上の発想だ。自分で金を出して物を買ったことが無いと見える。物を買うのに将来遡って費用負担をさせられることがわかっていれば買う人はいない。契約上も売った時点でその価値交換は終了しているはずだ。許されるとすれば、売った時点でそのようなことが将来あるかもしれないと告知していなければならない。ところが役所も電力会社も原発の電気が一番安いと言っていたし、自由化以前に電気は地域の電力会社から買うしかなかった。

「確保されるべき」とはどういうことか。確保していなかったのは誰の責任なのか。まず詫びが入るのが普通の感覚だが、絶対に謝らずに理論上はこうだと平然と言う役人の感覚は完全に国民感覚とずれている。必需品であることを逆手にとって開き直ることは国民からすれば受け入れがたい。

現時点ではそのやり方は現実的でないため、会合が受益者間の公平性の観点から検討していく必要があるとしたことがまだ救いだが、それにしても事務局のこの思い上がった考え方は、役所に対する国民の信頼を失わせるのに十分だ。このような発言をしているようでは、誰も協力的に費用負担に応じようとはしないし、これからの原子力政策を受け入れようともしないだろう。役所が使う金も電力料金もすべて国民が払っているのだから、役所や電力会社が国民から不信を招くような発言をすることが一番まずいことだ。
「信なくば、立たず」というが、行政が国民から信頼を失えば、現在でもよくない原子力行政の効率がさらに落ちてしまう。

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